2008-12-26

Bachの話(前回の続き)

さてピアノのまえに座って楽譜を開いて音を出します。テーマの上昇していくメロディーが頂上にいって、そして半音で降りてきます。その線のなんて優しく綺麗なこと!! Bach語は曲の流れにたおやかな曲線を描きます。わたしは「セバスチャン(Bachの名前です)なんて巧い音使いでしょう!ワカル!ワカル!」とBachおじさんに話しかけます。Bachはあの2ページないし4ページの曲にありとあらゆる感情を盛り込みます。ではどうやって? そう 彼は本当に〝音〟を知り抜いているとしか言いようがありません。ひよっとした導音から半音上の主音への動きに人間の心の安定への強力な吸引力を発揮しますし、思いもかけぬ転調句に複雑な感情のゆらめきを紡ぎだします。2小節ずつ繰り返されるフレーズは執拗な念押しだったり、それらをウッカリただの音の羅列にしてしまうと音楽の物語は忽ち崩れてしまいます。だから練習にも演奏にも凄い集中力がいるというわけです。でも「そんな難しい理論なんて聞き分けられないわ」とおっしゃらないでください。聴くときはその音楽の話に耳を傾け、その流れに身をまかせて下さればよいのです。もしそこに不快感や退屈があったらそれは音楽の構成に何らかの間違いがあったということでしょう。音楽というものは元来自然のながれをもった美しいものですから。
では良いお年をお迎えください。

2008-12-02

お久しぶり…

すっかりご無沙汰しております。裡にもう12月になってしまいました。
今年は始めから何かと調子悪く、転んだり骨にひびを入れたり具合の悪い日が続きましたが、このあたりでそんなことどもを追い払って来年は元気な年になりたいと思っております。でも音楽的には“バッハの魂”が私の中で光をまし、心の扉を開いてくれたのが なによりの喜びでありました。
“バッハ”の語法は彼がなんと音楽の秘密を知り抜いているかを知らせます。一つずつの音にその根源的な、いわば原石の輝きを駆使して人間の魂の物語を紡ぎあげてまいります。云うなれば ごく単純な形式も彼の手に掛かると深い精神の安定を齎します。 ぼんやり弾いてしまえば それは平凡な単純な言葉遣いですが、彼の曲を演奏するときは鋭い洞察力とか、それを人に伝えるための洗練されたテクニック、それをキャッチする耳と…と大変な集中力を要することを痛いほど知らされました。
それはどう言うことか、この次のブログで(少し専門的になりますが)書いてみたいと思います。ですが何しろ“音楽”ですので、いつも音がないとはっきりいたしません。
できれば2008年8月31日の音楽会のライブCDが出来ていますのでお買い求め願えると嬉しいです。トークも入っています。

お近くにない時はゼール音楽事務所 Tel 03-3995-5221 にご連絡ください。
「壮大な音の殿堂“バッハの真髄”室井摩耶子」ZMM0811
振込み手数料と送料は当方で負担いたします。

来年の音楽会は6月末、白寿ホールで米寿の音楽会です。
室井 摩耶子