急に寒くなって冬本番と言うところです。でも私はストーブをガンガンたいたピアノの部屋に閉じこもっているので、いらした方に「外は寒いの?」などときくだけであまり冬を感じていません。
この9月10月11月とタレント業?に忙しく気がついたら11月半ばということでした。でも11月は白内障の手術をして今や目パチクリのところです。
漸く腰を落ち着けてモーツァルトのソナタ(トルコマーチ)と会話をはじめたらとてもとても優しく美しいので、音の中からじわじわとわきあがってくるお話に身も心もゆだねてニコニコしています。音楽って何て不思議なものでしょう。ただ音の組み合わせだけなのにこんなに深い歓びを持ってきてくれるんですもの。
一つずつの音が(響きが)それぞれ物を言うのですもの。
やっぱり何時もの私の台詞「長生きしてよかった」がでてきます。
来年5月8日には音楽会をいたします。また皆様とご一緒に「良い時間をもててよかった」と音楽の醍醐味に浸りたいとおもっています。
室井摩耶子
2009-11-24
2009-11-06
毎回 お久しぶりです
その間 牛久のミニコンサートに行ってきて、本当に久しぶりに実のたわわになった柿の木のある景色を楽しみました。そしてドライブしてくださる(マネージャー)と昔柿ドロボーした話が盛り上がりました。
牛久の皆さんがなかなか音楽に夢中で面白い会でした。
でもこのところ色々重なっていて、それに音楽会の前はその準備に追われていて やることを皆あとに回していたら、次の1週間は〝ピアノなどそっちに行け〟になってしまいました。
気がついたら世の中は冬になりかけ・・・・着るものに困っています。
これからまた普通の生活リズムに戻ってブログにも顔を出しますつもり。
どうぞよろしく・・・・・
室井摩耶子
牛久の皆さんがなかなか音楽に夢中で面白い会でした。
でもこのところ色々重なっていて、それに音楽会の前はその準備に追われていて やることを皆あとに回していたら、次の1週間は〝ピアノなどそっちに行け〟になってしまいました。
気がついたら世の中は冬になりかけ・・・・着るものに困っています。
これからまた普通の生活リズムに戻ってブログにも顔を出しますつもり。
どうぞよろしく・・・・・
室井摩耶子
2009-10-19
テレビを終えて たくさんの書き込みを有難うございます
10月15日フジテレビのお台場のスタジオまで生放送に行ってきました。放送はたいへん評判がよく2800くらいアクセスがありました。
でもご当人は朝4時起き、6時に家を出発で生放送はやっぱり疲れます。カメラリハーサルや本番リハーサルの繰り返しで林家正蔵さんともゆっくりお話もできませんでした。
でもテレビって凄いですね。あの30分の放送のために4日間くらいつぶして取材取材でした。そうやって24時間放送しているのですから驚異です。
ところで、わたしのブログのコメント欄には60件ほど書き込みがあり、疲れてひっくり返りながらも一生懸命読んでいます。まもなく地方にも行きますからまたご報告します。
室井摩耶子
でもご当人は朝4時起き、6時に家を出発で生放送はやっぱり疲れます。カメラリハーサルや本番リハーサルの繰り返しで林家正蔵さんともゆっくりお話もできませんでした。
でもテレビって凄いですね。あの30分の放送のために4日間くらいつぶして取材取材でした。そうやって24時間放送しているのですから驚異です。
ところで、わたしのブログのコメント欄には60件ほど書き込みがあり、疲れてひっくり返りながらも一生懸命読んでいます。まもなく地方にも行きますからまたご報告します。
室井摩耶子
2009-10-12
魔女の呟き
ここ一週間ぐらい、よくフジテレビさんと付き合っています。
(放送は15日 あさ9時50分ごろ~30分間です)
人とお話するのが好きな私ですが、やっぱり音楽のお話をするのが嬉しくてノンストップになってしまいます。先日もNHKラジオで〝ときめき室井さん〟というタイトルで弾いたり喋ったりしたのですが、もう20回になるトークコンサートの実績(?)を買われて〝どうか思うようになさってください〟と言われて、すっかり慌ててしまいました。音楽というものは本当に不思議なもので普通のお話でしたら悲しいとか嬉しいとかは共通の感情の波の経験をもっていますから、すぐ通じるのが当たり前です。ちょっと子守唄のメロディを思い起こしてください。このようなメロディでなぜ子どもは眠るのでしょう?
音楽にそのような深い感情を表現する音、光輝くばかりの喜ばしい感情を表現する音に満ちています。あの凄い音楽家たちはそれをフルに使って、聴いている人たちにあらゆる物語を語りかけるのです。音楽という不思議な媒体!!と、私はその中に秘められた物語と毎日取っ組んでるわけですが・・・だから私はお聴きくださった方たちから「何か物を言いかけられているみたよう・・・」と言われると、本当に嬉しくて仕方がないのです。
魔女の呟きというところでしょうか?
皆様のご意見をお待ちします。
室井 摩耶子
(放送は15日 あさ9時50分ごろ~30分間です)
人とお話するのが好きな私ですが、やっぱり音楽のお話をするのが嬉しくてノンストップになってしまいます。先日もNHKラジオで〝ときめき室井さん〟というタイトルで弾いたり喋ったりしたのですが、もう20回になるトークコンサートの実績(?)を買われて〝どうか思うようになさってください〟と言われて、すっかり慌ててしまいました。音楽というものは本当に不思議なもので普通のお話でしたら悲しいとか嬉しいとかは共通の感情の波の経験をもっていますから、すぐ通じるのが当たり前です。ちょっと子守唄のメロディを思い起こしてください。このようなメロディでなぜ子どもは眠るのでしょう?
音楽にそのような深い感情を表現する音、光輝くばかりの喜ばしい感情を表現する音に満ちています。あの凄い音楽家たちはそれをフルに使って、聴いている人たちにあらゆる物語を語りかけるのです。音楽という不思議な媒体!!と、私はその中に秘められた物語と毎日取っ組んでるわけですが・・・だから私はお聴きくださった方たちから「何か物を言いかけられているみたよう・・・」と言われると、本当に嬉しくて仕方がないのです。
魔女の呟きというところでしょうか?
皆様のご意見をお待ちします。
室井 摩耶子
2009-10-02
目がまわるピアニスト
2009-08-24
〝生きててよかったぁ~〟
暑い暑いと言っているうちにふっと空気がさわやかになり、あぁ秋だなと感じさせる気候となりました。
6月には米寿の音楽会を致し あまり年のことを考えず「それ誰のこと?」なんて言っていた私も、すっかり烙印を押されたこのごろです。でも私と音楽との関係は、相変わらず〝すったもんだ〟と 揉みあいを続けつつ、新しい発見々と喜んでいる境地です。やればやるほど、音楽って何て不思議なものだろうと思わせられる場が多くなります。 音楽会ごとに、皆様から寄せられる「あんな魅力的なバッハは聴いたことがない。まるでバッハ自身が出てきて、話しかけてくれたみたようでした。」とか「あのベートーヴェンの最後のソナタは凄かったぁ」などとお便りをいただき、やっぱり〝生きててよかったぁ~〟と嬉しくなってしまいます。本当に人間が年をとるって何なのでしょう? 毎日毎日をトンカチトンカチと、もっと深い音や響きは出ないかしら。作曲家はここで、まるで森の彼方にサヨナラ…サヨナラと姿を消すのに、そのお別れの静寂さってもっと深いんじゃない?などと、言いながらピアノに指を滑らしているだけなのです。毎日 手や指によくやってくれてありがとうと言ってるだけなのです。でも考えてみたら、私を囲むたくさんの方たち、たくさんの現象が私にいろいろなことを与えてくださってるのですよね~。
9月1日にはお弟子さんたちが私の米寿のお祝いの音楽会をして下さいます。私は彼らが、その後の境遇、経験、そして音楽の積み重なったプロセスを、どんな風に私に話しかけてくれるか、それを聞くのが大変楽しみであり、喜びでもあるのです。
そう、もう一度〝生きててよかったぁ~〟と叫びましょう。
室井摩耶子
6月には米寿の音楽会を致し あまり年のことを考えず「それ誰のこと?」なんて言っていた私も、すっかり烙印を押されたこのごろです。でも私と音楽との関係は、相変わらず〝すったもんだ〟と 揉みあいを続けつつ、新しい発見々と喜んでいる境地です。やればやるほど、音楽って何て不思議なものだろうと思わせられる場が多くなります。 音楽会ごとに、皆様から寄せられる「あんな魅力的なバッハは聴いたことがない。まるでバッハ自身が出てきて、話しかけてくれたみたようでした。」とか「あのベートーヴェンの最後のソナタは凄かったぁ」などとお便りをいただき、やっぱり〝生きててよかったぁ~〟と嬉しくなってしまいます。本当に人間が年をとるって何なのでしょう? 毎日毎日をトンカチトンカチと、もっと深い音や響きは出ないかしら。作曲家はここで、まるで森の彼方にサヨナラ…サヨナラと姿を消すのに、そのお別れの静寂さってもっと深いんじゃない?などと、言いながらピアノに指を滑らしているだけなのです。毎日 手や指によくやってくれてありがとうと言ってるだけなのです。でも考えてみたら、私を囲むたくさんの方たち、たくさんの現象が私にいろいろなことを与えてくださってるのですよね~。
9月1日にはお弟子さんたちが私の米寿のお祝いの音楽会をして下さいます。私は彼らが、その後の境遇、経験、そして音楽の積み重なったプロセスを、どんな風に私に話しかけてくれるか、それを聞くのが大変楽しみであり、喜びでもあるのです。
そう、もう一度〝生きててよかったぁ~〟と叫びましょう。
室井摩耶子
2009-07-20
新しい発見
あっという間に6月28日の演奏会から1ヶ月が経とうとしています。当日はNHKが入るというので朝9時半にお迎えが来て午前中に1回本番、午後もう一度本番ということになってしまい、もうクタクタに疲れました。NHKでは当日夜 ニュースで取り上げられ そのままBSで何回か放送され、ニューヨークにいた知人から「見ました」という連絡が来てビックリ。白寿となった私にとっては考えられない〝地球の狭さ〟の経験でした。
お蔭様で演奏会は大成功でしたが、練習過程においては私自身「えっ?」と思われる新発見がいっぱいあり、嬉しい演奏会でした。
演奏会ごとに楽譜を前にその作曲家の意志やオーラを求めてそれを掘り下げていくわけですが、その音楽家のもっている言葉というものの在りようは本当に面白いものです。そうして昨年来すっかりバッハ語に取り憑かれてしまった私ですが今年はそのうえにベートーヴェンの至難の曲OP・111のソナタを加えたので、なかなか大変でした。楽譜の読み方も勿論ですが、私はこのふたりの曲を演奏するときは全く別の音色が要求されるということを知ったのです。「そんなこと当たり前でしょ」といわれそうですが、基本的に彼らの曲がステージでつくりだすオーラの種類がぜんぜん違うのです。それはある時、聴かせてほしいという方の前で初めて演奏会のように続けて弾いたときに起こりました。いつだって楽譜をみて指で弾いて耳で聴いているわけなのに!!!でもこの時はこの3つの運動の結果を、今度は私の指が演奏するものを音楽として、ある塊りとして私の体が受け取ったのかもしれません。ある違うオーラの輝きが私を包み込んだのかもしれません。勿論いつでもその作曲家の音楽哲学を表現するための音色は探りにさぐって追い求めます。でもこのように違うピアノの音と感じたのは初めてでした。「何を今さら」と言いたいところですが、でもそこでひらけた新しい風景は驚愕でもあり新鮮な歓びでもありました。一回ごとに新しいことを発見する歓びは私を音楽から離しません。そしてそれを聴いている方たちに「ね、そうでしょ!!!」と語りかけられる喜びでも・・・!
ようやく人心地がついた今頃になって私は音楽って何てすばらしいものだろうと思っています。
お蔭様で演奏会は大成功でしたが、練習過程においては私自身「えっ?」と思われる新発見がいっぱいあり、嬉しい演奏会でした。
演奏会ごとに楽譜を前にその作曲家の意志やオーラを求めてそれを掘り下げていくわけですが、その音楽家のもっている言葉というものの在りようは本当に面白いものです。そうして昨年来すっかりバッハ語に取り憑かれてしまった私ですが今年はそのうえにベートーヴェンの至難の曲OP・111のソナタを加えたので、なかなか大変でした。楽譜の読み方も勿論ですが、私はこのふたりの曲を演奏するときは全く別の音色が要求されるということを知ったのです。「そんなこと当たり前でしょ」といわれそうですが、基本的に彼らの曲がステージでつくりだすオーラの種類がぜんぜん違うのです。それはある時、聴かせてほしいという方の前で初めて演奏会のように続けて弾いたときに起こりました。いつだって楽譜をみて指で弾いて耳で聴いているわけなのに!!!でもこの時はこの3つの運動の結果を、今度は私の指が演奏するものを音楽として、ある塊りとして私の体が受け取ったのかもしれません。ある違うオーラの輝きが私を包み込んだのかもしれません。勿論いつでもその作曲家の音楽哲学を表現するための音色は探りにさぐって追い求めます。でもこのように違うピアノの音と感じたのは初めてでした。「何を今さら」と言いたいところですが、でもそこでひらけた新しい風景は驚愕でもあり新鮮な歓びでもありました。一回ごとに新しいことを発見する歓びは私を音楽から離しません。そしてそれを聴いている方たちに「ね、そうでしょ!!!」と語りかけられる喜びでも・・・!
ようやく人心地がついた今頃になって私は音楽って何てすばらしいものだろうと思っています。
室井 摩耶子

撮影:中村 太
2009-07-01
2009-06-09
2009-05-25
5月の庭
お花がエネルギッシュに咲き誇った4月も過ぎてお庭も大分落ち着いてきました。気難しかった恋人ベートーベンとも漸くベートーベン語で話が出来るようになりホッといたしております。私のパソコン技術も少し上達していろいろな検索も出来るようになり様々な音楽がインターネットに現れてくるようになり面白い経験を一杯してます。
例えばバッハのブランデンブルグ・コンツェルトの5番などアバドのそれとグレングールドのそれではうける印象が、これでも同じ音楽かとおもうほど違います。アバドのは聴いていると胸がワクワクしてきてこちらも踊りだしたくなるようなのに、グールドのはひたすら音楽に沈みこんでいます。
時々自宅でお弟子さんやファンの方たちと聴き比べてどちらがいいかと評定しますが、こればかりは結末のつけようがありません。楽譜はおなじなのに音楽ってなんて不思議なものでしょう。私は一音ずつに心がありこちらの心に話しかけてくるのが音楽の絶対条件と思っているのですが、数多くの演奏を聴くと彼らのもっている演奏哲学が聞こえてきて興味津々です。
では私が6月28日にはどんな音楽の姿をもって皆様とお話したいとおもっているか?ぜひ音楽会場にきてください。実は私自身もどんな音楽の姿になるか?と思っているところなのですが・・・・・・
室井摩耶子
2009-05-19
米寿
1ヶ月前になりますが今年は米寿というので4月18日(わたしの誕生日)は家のなか中、花であふれかえりました。有難うございました。
でも日常はお祝いどころか6月28日の演奏会をめがけてベートーヴェンと悪戦苦闘してます。
彼の最後のピアノソナタOp.111は彼の53才の頃の作品ですが、今で言えばちょうど米寿くらいでしょう。でも気難しいジイサマの頭の中は複雑で、何故こんなことを書いたのだろうと我が恋人ながらわからぬことでいっぱいです。「ねえ ここどうして3ページにわたってPとPPばかりなの? そしてソプラノのこのチョロチョロはしりまわるのは なーぜ?」「そんなこと 知るか!」と彼は日本の男性みたように威張りかえって素っ気無い。でも音楽会までにはウンといわせるぞ! この頃の女性は強いんだから! などとあらゆる兵器を動員して… つまり頭と耳と指にハッパをかけています。
6月28日の白寿ホールの音楽会には是非みなさん応援にきてくださいね。
室井摩耶子
でも日常はお祝いどころか6月28日の演奏会をめがけてベートーヴェンと悪戦苦闘してます。
彼の最後のピアノソナタOp.111は彼の53才の頃の作品ですが、今で言えばちょうど米寿くらいでしょう。でも気難しいジイサマの頭の中は複雑で、何故こんなことを書いたのだろうと我が恋人ながらわからぬことでいっぱいです。「ねえ ここどうして3ページにわたってPとPPばかりなの? そしてソプラノのこのチョロチョロはしりまわるのは なーぜ?」「そんなこと 知るか!」と彼は日本の男性みたように威張りかえって素っ気無い。でも音楽会までにはウンといわせるぞ! この頃の女性は強いんだから! などとあらゆる兵器を動員して… つまり頭と耳と指にハッパをかけています。
6月28日の白寿ホールの音楽会には是非みなさん応援にきてくださいね。
室井摩耶子
2009-04-01
2009-01-24
新しい地図

いよいよ寒の季節に入って参り厳しく寒い日が押し寄せてきます。
今年は米寿の齢といわれて「あれ!そーお?」などといっておりますが
目下6月28日の音楽会にむけてBachやBeethovenの扉を一生懸命叩いております。
Bachは昨年夢中になりその魅力から抜け出せずにおりますが面白い事に楽譜の読み方(音楽へのアタックの仕方)がまた違ってきてポリフォニーという言葉を改めて読み直しております。
すこし専門的になりますがBachの縦に響くハーモニー(和音) そしてその和音から和音への移りは「え?うそっ!!」という程ふしぎな物語をしてくれます。ところがよくよく見てよくよく聴くと、今度は横の線が長々とメロディーとリズムを持って語っているのです。特にフーガなど、ある声部のテーマが終わると(台詞が終わる)他の声部に、それに対する台詞が始まる― のですが実は前の声部のフレーズはまだ続いてその歌を歌い上げているのです。よくテーマはきこえるように大きな音でなどと申しますが、面白い事にそのテーマの歌の音楽に心を集中すると、技術的にそこだけ大きな音を出さなくてもそのテーマはよく響いてくるのです。私は弾きながらしばしば人間というものの不思議さを思います。
前にチャイコフスキーのコンツェルトを弾いたときのことでした。あの三楽章のいよいよ終わりのところに、もう一度テーマが出てきます。オーケストラはTutti(全楽器で弾く)で それこそいっぱいの音を出している中で、ピアノがどんなに頑張っても聴こえるわけはないのです。ところがここでこのテーマの云いたい台詞まわしに集中して弾くと、この大音響の中でピアノの歌が浮かび上がってくるのです。物理的に不可能な中でどうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は歌の持つ心(音楽の心)の不思議さを感じたものでした。
私は精神主義的な表現はあまり好きではないのですが、人間の能力(音楽の持つ力)には本当に不思議な力があるとしみじみ思います。もちろん、そこに至るためには本当にいろいろな努力は必要ですが…
まだ6月までには時間があるので新しい発見も出てくるでしょう。
頑張ります。楽しみにしていてください。
室井摩耶子
2008-12-26
Bachの話(前回の続き)
さてピアノのまえに座って楽譜を開いて音を出します。テーマの上昇していくメロディーが頂上にいって、そして半音で降りてきます。その線のなんて優しく綺麗なこと!! Bach語は曲の流れにたおやかな曲線を描きます。わたしは「セバスチャン(Bachの名前です)なんて巧い音使いでしょう!ワカル!ワカル!」とBachおじさんに話しかけます。Bachはあの2ページないし4ページの曲にありとあらゆる感情を盛り込みます。ではどうやって? そう 彼は本当に〝音〟を知り抜いているとしか言いようがありません。ひよっとした導音から半音上の主音への動きに人間の心の安定への強力な吸引力を発揮しますし、思いもかけぬ転調句に複雑な感情のゆらめきを紡ぎだします。2小節ずつ繰り返されるフレーズは執拗な念押しだったり、それらをウッカリただの音の羅列にしてしまうと音楽の物語は忽ち崩れてしまいます。だから練習にも演奏にも凄い集中力がいるというわけです。でも「そんな難しい理論なんて聞き分けられないわ」とおっしゃらないでください。聴くときはその音楽の話に耳を傾け、その流れに身をまかせて下さればよいのです。もしそこに不快感や退屈があったらそれは音楽の構成に何らかの間違いがあったということでしょう。音楽というものは元来自然のながれをもった美しいものですから。
では良いお年をお迎えください。
では良いお年をお迎えください。
2008-12-02
お久しぶり…
今年は始めから何かと調子悪く、転んだり骨にひびを入れたり具合の悪い日が続きましたが、このあたりでそんなことどもを追い払って来年は元気な年になりたいと思っております。でも音楽的には“バッハの魂”が私の中で光をまし、心の扉を開いてくれたのが なによりの喜びでありました。
“バッハ”の語法は彼がなんと音楽の秘密を知り抜いているかを知らせます。一つずつの音にその根源的な、いわば原石の輝きを駆使して人間の魂の物語を紡ぎあげてまいります。云うなれば ごく単純な形式も彼の手に掛かると深い精神の安定を齎します。 ぼんやり弾いてしまえば それは平凡な単純な言葉遣いですが、彼の曲を演奏するときは鋭い洞察力とか、それを人に伝えるための洗練されたテクニック、それをキャッチする耳と…と大変な集中力を要することを痛いほど知らされました。
それはどう言うことか、この次のブログで(少し専門的になりますが)書いてみたいと思います。ですが何しろ“音楽”ですので、いつも音がないとはっきりいたしません。
できれば2008年8月31日の音楽会のライブCDが出来ていますのでお買い求め願えると嬉しいです。トークも入っています。
お近くにない時はゼール音楽事務所 Tel 03-3995-5221 にご連絡ください。
「壮大な音の殿堂“バッハの真髄”室井摩耶子」ZMM0811
振込み手数料と送料は当方で負担いたします。
来年の音楽会は6月末、白寿ホールで米寿の音楽会です。
室井 摩耶子
2008-05-21
2008-05-06
ご無沙汰しました
4月初めに机に胸をぶっつけて肋骨にひびが入ってから1ヶ月経ちました。これは自然治癒を待つより仕方なくヤレヤレという時を過ごしました。
でも割りに自然治癒力の強い私は約3週間で再びピアノの世界に戻れました。その間に庭は春爛漫でシンビジュウムが40本近くの花を咲き盛っており 君子蘭も4本の花芽を力強く伸ばし自己主張を誇っています。モッコウバラは黄色い花壁をつくり陽に当たると眩しいばかりです。
その中でピアノの弾けない私は一寸ばかり腐っていましたがもう平気です。
このところ家のテレビもデジタル放送に対応してデカクなりました。DVDに録画できるので喜んでおりますが 何しろキカイオンチの私ですので 再び録画のお目にかかるのに30分ぐらいかかってしまいます。そのうち慣れてきたらDVDの感想などお送りしましょう。
室井摩耶子
2008-03-16
バッハの音楽会
漸く春になりました。
4月13日、浜離宮朝日ホ-ルでの音楽会も迫ってまいりました。
バッハの音楽も漸くそろそろ扉を開いて、戦いも本格的になったと言えましょうか。
先日 NHKのBSハイビジョンで、アバードの指揮したバッハのブランデンブルグ協奏曲の6曲全曲を聴きました。バッハは夢中の私でも最初は全6曲なんてしんどいなと思ったのでしたが、それはすばらしいものでした。私は「音楽を聴きたいって なんでしょう?」というトークコンサートのシリーズをやっているのですが、この放送では音楽がこんなにも楽しくて嬉しいものだとは思っていなかったと頭を殴られたような気がしました。 構成をというと一楽器一人、もしくは二人といった少人数で、それにソロの弦楽器や管楽器、それにチェンバロが加わっています。その一人一人が音楽をやっていることが嬉しくてたまらない という風情なのであります。身を引くかと思うと乗りだし 音楽と体が一緒に波打ち、そして激しいところになると音楽が荒れ狂う怒涛のごとく、楽器の間を逆巻いて流れていきます。その流れは舞台に溢れ、聴衆に襲いかかります。 そして音楽家は本当に嬉しそうで、私はこれこそ音楽だと思わずにはいられませんでした。興奮して大拍手する聴衆を そうだ そうだ と一緒に感激しておりました。
4月13日は私もこんな嬉しいバッハを弾きたいです。そして皆さんも聴きに来て応援してくださいね。
室井 摩耶子
※4月13日のトークコンサートは骨折のため 延期になりました。
最新の情報は http://naks.biz/muroi/ でご確認ください。
4月13日、浜離宮朝日ホ-ルでの音楽会も迫ってまいりました。
バッハの音楽も漸くそろそろ扉を開いて、戦いも本格的になったと言えましょうか。
先日 NHKのBSハイビジョンで、アバードの指揮したバッハのブランデンブルグ協奏曲の6曲全曲を聴きました。バッハは夢中の私でも最初は全6曲なんてしんどいなと思ったのでしたが、それはすばらしいものでした。私は「音楽を聴きたいって なんでしょう?」というトークコンサートのシリーズをやっているのですが、この放送では音楽がこんなにも楽しくて嬉しいものだとは思っていなかったと頭を殴られたような気がしました。 構成をというと一楽器一人、もしくは二人といった少人数で、それにソロの弦楽器や管楽器、それにチェンバロが加わっています。その一人一人が音楽をやっていることが嬉しくてたまらない という風情なのであります。身を引くかと思うと乗りだし 音楽と体が一緒に波打ち、そして激しいところになると音楽が荒れ狂う怒涛のごとく、楽器の間を逆巻いて流れていきます。その流れは舞台に溢れ、聴衆に襲いかかります。 そして音楽家は本当に嬉しそうで、私はこれこそ音楽だと思わずにはいられませんでした。興奮して大拍手する聴衆を そうだ そうだ と一緒に感激しておりました。
4月13日は私もこんな嬉しいバッハを弾きたいです。そして皆さんも聴きに来て応援してくださいね。
室井 摩耶子
※4月13日のトークコンサートは骨折のため 延期になりました。
最新の情報は http://naks.biz/muroi/ でご確認ください。
2008-02-11
バッハの世界
相変わらずバッハの世界に浸っております。
ジャズにまでアレンジされるバッハの音楽はそこまで抱えこめる奥深さ、幅広さを持っているもので、やればやるほど視野が広がり毎日ため息をついています。音というものの持つ原理的な要素を、バッハはそのまま差出し、まるで天空に輝く星のようにそれをぶちまけてくれます。聴く人はそれを愛の哀しみや歓び、深海にひそむ脅威や深い森の暗闇の覆いかぶさる様な神秘さや、とにかくありとあらゆるものに振りかえて心に受け止めるのです。演奏するほうは美に対する鋭い感受性、ファンタジー...とあらゆる能力を結集して音楽をダイヤモンドのように削り上げ、磨き上げなければならない。いうなれば音楽に対してそれだけの責任を負わされているということでしょう。聴きに来てくださった方たちが ああ幸せな時をもったと歓びを感じていただける音楽まで、バッハと会話をしながら毎日を続けます。それはそれなりに本当に嬉しいことですが......
室井摩耶子
ジャズにまでアレンジされるバッハの音楽はそこまで抱えこめる奥深さ、幅広さを持っているもので、やればやるほど視野が広がり毎日ため息をついています。音というものの持つ原理的な要素を、バッハはそのまま差出し、まるで天空に輝く星のようにそれをぶちまけてくれます。聴く人はそれを愛の哀しみや歓び、深海にひそむ脅威や深い森の暗闇の覆いかぶさる様な神秘さや、とにかくありとあらゆるものに振りかえて心に受け止めるのです。演奏するほうは美に対する鋭い感受性、ファンタジー...とあらゆる能力を結集して音楽をダイヤモンドのように削り上げ、磨き上げなければならない。いうなれば音楽に対してそれだけの責任を負わされているということでしょう。聴きに来てくださった方たちが ああ幸せな時をもったと歓びを感じていただける音楽まで、バッハと会話をしながら毎日を続けます。それはそれなりに本当に嬉しいことですが......
室井摩耶子
2008-01-16
今年もよろしくお願いします
さてこれから私はもっぱらバッハ語の世界との付き合いですが勉強すればするほど緻密で複雑で巨大な美しい建築物みたようです。そのなかを圧倒されながらさまよい歩いているようなものです。音を使ってこんなに思う存分あらゆる情感を描き出せるなんて あんなにいかめしい肖像画しかないバッハ爺さんは実は幸福で幸福でニヤニヤしながらこれらの曲を書いていたのではないかと一寸妬ましくなりました。でも音楽会では皆さんとご一緒にそこここを闊歩しながらバッハの世界を堪能したいですね。
室井摩耶子
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