2019-02-23

日常茶飯事

ふつうに歩いている時は全く”転ぶ”等と意識しないで歩いている。
いま 歳を取って、しかも大腿部骨折をしたなどの後遺症で「一人で杖なしで歩いてはいけません」「何より安全第一ですから」などと人から脅かされてオタオタと転びやしないかと一歩一歩気を付けて歩いている。
あのスタスタと歩いている人を見るたびに羨ましくてならない。それで あの"転ぶ"などということを考えないで”歩く”って何だろうと気を付けるようになった。つまり、かかとが先か、つま先に着地している運動なのかしらと考えながら歩いていると、ますます不安になりオタオタ度が増えてくる。皆さん”歩く”っていったいどんな運動なのか意識したことがおありですか?
じつはこの間、週刊誌に「女流作家」という字が出てきて、そういえば”作家”に女流という形容詞が付くのはおかしいと思ったことがあって、そういえば?と そのことをえらく意識してしまった。
作家といえば男性だったなぁと意識してしまう。言葉というものはなんと不思議なものだろうと思考をめぐらすことになった。そういえば この頃は女性作家という実に不愉快なニュアンスを持った言葉が出てきた。
この女流作家と女性作家はちょっと意味が違って使い方もその言葉のニュアンスに気を付けなければならないし私はやはり時代の移りを思わないではいられない。
”日常茶飯事” という定義も覚え直さなければならない。
どうも98歳という古い人間にとっては生きがたい時代となってきた!?というわけだ。
週刊誌の他のページには日本人は日本語が読めないとあったが…。
室井 摩耶子

2019-02-16

1月終わり頃、 東京芸術劇場で井上道義さんの総監督、森山開次さんの演出でモーツァルトのドン・ジョヴァンニの公演に出かけてきた。
オペラというので私はヨーロッパで観たオペラ経験からオペラ公演を想像したのだが(常識というのはファンタジーの自由な世界をずいぶん邪魔するものだと後で思い知ったのだが)それはモーツァルトの音楽とオペラの歌い手とそして舞踏のカテゴリーを新しく組み合わせた新演出の企画だった。主役のジョヴァンニとその他の配役はヨーロッパの歌手であって実に見事に歌っていた。
ブラボーという掛け声が盛んに飛び交っていた。
日本人のコロラトゥーラもよく歌っていた。張り上げたコロラトゥーラの声が見事に美しかったが、時にオペラの音楽の流れを遮りこれがあちらの歌唄いだと、もうちょっと音楽の流れに乗っていたのじゃないかとせっかくのテクニックの見事さに異質を感じさせたのはちょっと残念だった。そういえば井上道義さんはさすがにモーツァルトの音楽の要所要所を見事にまとめ上げ、演奏を大きな枠にはめ、昔の音楽の先生としては私は彼の音楽人間としての成長に本当に誇りを感じたのだった。もし私の思い違いでなければ”この新しい企画のフォームのオペラの将来はどんなのだろう”と期待にとらわれながら劇場を後にしたのである。
室井 摩耶子

2019-01-12

新年 あけましておめでとうございます。
お正月になったら急に寒くなって、いかにも冬という感じになってまいりました。
皆様は良いお年をお迎えになりましたか?
私は年末 体調を崩して体力も気力もなしに2019年を迎えてしまいました。
だが今年こそは念願だったサティのCDを作ろうと精出してお雑煮やおせちをいただきました。
皆様とご一緒に元気な年を迎えましょう。
室井 摩耶子

2018-12-22

むかしむかしの物語

ある時 ふと私はルビンシュタインというピアニストのことを思い浮かべた。
彼はもちろんすごいピアニストであったが、私の印象に凄い強烈な印象が刻み込まれているのは彼のは「火祭りの踊り」の演奏(姿と音)であった。彼の初来日が1936年だから私は彼のリサイタルを聴きに行っている筈なのにそのプログラムの曲目は私の中に何も残っていない。何故か「火祭り」の演奏が今でも私の中にあのドキドキした興奮と共に浮かび出てくる。私はその演奏を思い浮かべ、そして彼の演奏のどの点にあんな強烈な印象を受けたのだろうかと それを知りたくなり、その音をもう一度聴いてみたいと思い始めた。

「あの頃の私」はピアノとどのように接し、どの様に弾いていたのだろう?
6才の時 ピアノを買い与えられ10才くらいから外国留学帰りの東京音楽学校のピアノ科部長だった高折宮次先生のもとで個人教授につき、その他その他と音楽をやるために100%の境遇を整えられてたとはいいながら(私は今でもその境遇を整えてくれた私の母の本能的ともいえる教育に対する才能に畏敬の念を抑えられないが)それでも当時のピアノ(教育)はまだまだ初期で基本的に低かった。今 その当時を振り返ってみて想像もつかぬものだったといえよう。

さて 話を元に戻そう

そして私はその「火祭りの踊り」がDVDの中にあることを探しあてて漸くそれを手に入れたのである。CDなどで所謂"名演"となるものを聴き「わぁ やっぱりうまいなぁ!」と感嘆することは度々ある。しかしこのルビンシュタインは私にあの聴いた時のドキドキする興奮をもたらしたのであった。
彼のすごいリズム感、そしてその両手を交互に振り上げる激しさ、音楽そのものに集中しきった彼の厳しい顔つき!表情!
私はあの初めて聴いた時と同じ興奮に巻き込まれた。
そして面白いことに当時持っていたアメリカ文化というものの"雰囲気"がその中からフワッと流れ出して私を包み込んだのだった。
グレンミューラン物語も甘ったるい親子のお話だったし、「火祭りの踊り」もアメリカ文化の絶頂に咲いた華だった。
そのころ私たちの間では「だからアメリカ育ちのクラシックの音楽家は最後はヨーロッパに行かなきゃダメなのだ」という想いに浸されていた。今の若い人たちにそう言っても全然わからないことだろう。もちろんルビンシュタインの名誉のために言っておくが、それはアメリカ文化の頂上を突き抜けて実に立派なものだった。私は「そうか 歴史というものはこういうものか」と、その「雰囲気」をすっかり忘れていたということ、また同時に思い起こしていたことに我ながら興味深い出来事だったなと愛おしく思ったのである。

室井 摩耶子

2018-09-29

暑かったり寒かったり嵐が来たりと不順な天気です。
神戸大学での”Casa Verdi”(ヴェルディの家 音楽家たちの老人ホーム)のゼミに演奏もかねて行ったあと、ちょっと疲れてバテてしまった。年はとりたくないものと改めて思う。しかしピアノでもって人とお話ができるのは本当に嬉しく元気が出る。うちに帰って私のピアノと「ねぇそうでしょう」と会話をするのはそれなりに嬉しいものです!!
室井 摩耶子

2018-09-02


神戸大学発達科学部・国際人間科学部
学術weeks2018
発達コミュニティ学科国際交流シンポジウム

Casa Verdiに見る人生の円熟とは


2018年9月5日(水) 14:00~17:30

主 催
神戸大学発達科学部・国際人間科学部
神戸大学大学院人間発達環境学研究科
学術Weeks2018

お越しの際は ポスターに記載の 神戸大学 坂東研究室 へご連絡をお願いいたします。
会場スペースの都合上、ご入場を制限する場合もあることをご了承ください。



2018-07-25

暑い日が続いています
普段は暑い寒いには強い方ですが1日中冷房の中に座っているとそれはそれなりにあまりいい気持ではありませんね。でも体は勝手にノーノーとピアノを弾くのに反対するので困ります。素敵なサティと音楽語のおはなしをしたいのに・・・・・・・
Mayako Muroi

2018-06-16

Professionalということ

私たちは学校を卒業して最後の仕上げに外国留学したいころ、何しろ1ドル360円で日本には外貨がなくて個人の留学など不可能だった。その中でオーストリアからモーツァルト誕生200年の国際会議の話が飛び込んできた。当時 東京音楽学校の教官をしていた私に話が回ってきて、もう私はこんな素晴らしい話はないと飛びつき、早速英語の論文を用意したり、着るべきお振り袖を用意したりしてウィーンに飛び立った。普通留学は20代だったが私はもう30代だった。そしてそれからドイツのボンに移り、待望のピアノの最後の仕上げに飛び込んだ。
今から考えれば、お振り袖姿の国際会議の日本代表かわいこちゃんがよくやったと思うのだが、何も知らない“外国事情”だったから、ピアニスト修行にスムーズに飛び込めたと思える節もある。とにかく無我夢中で3年間勉強して、ケンプ先生の強力な推薦のもとでBerlinのBeethovenリサイタルを開いたときは(1960年)本当に嬉しかった。
そのBeethovenアーベントは好評で終わり、ベルリンの著名なマネジャーが「私がやってあげましょう」と現れたときはこれで「ヨーロッパでのピアニストのキャリアが始められる」と思いこんだものだった。
立派な写真入りのプロスペクトもでき、これから弾くべきレパートリーのリストに目を通しながら向かい合ったマネジャーは改めた口調でこう言いだした。「いいか マヤコ。これからあなたはひとりのプロフェッショナルな音楽家なんだよ。昨日までは学生だったのが もう今日からは一人前の音楽家なんだよ。だから一人前のピアニストとして行動しなければいけない。だから持ち物だってハンドバッグにしろ服飾品ブローチにしろ何にしろちゃんとしたものを身につけなければいけない。これから地方にも演奏旅行にも行くだろうが、そこいらのペンションなどに泊まってはいけない。 どこにお泊りですか? と聞かれたら必ず一級のホテルの名前を答えなければいけないのだ。そして大事なことはもしその地にもう一度 招かれたら、あなたはその間の自分の成長ぶりを見せられなければいけない。もしその時あなたが前と同じようにしか弾けなかったら、もう二度と呼んではもらえないのだから」
本当にベルリンで数多く聴いた名演奏家のリサイタルは見事だった。まだ出たばかりの駆け出しのピヨピヨだと自認してた私はびっくりしてしまった。日本では大学を出れば一人前でその中で一番で出て新人演奏会に出ようものなら立派な一人前の演奏家だったので・・・。

ヨーロッパでの Professional という言葉はなんと厳しいものだろう。

室井摩耶子

2018-03-31

おはなみのきせつ


陽が明るくなり漸く季節が春になってまいりました。
私もヘルパーに助けられて漸く手押し車で街を歩けるようになりました。成城の町というのは四角四面で家の前も道も出ると、右を向いても左を向いても一直線の道で桜の季節になると、それは賑々しい桜並木になって家に居てもお花見ができるという恵まれた街です。それに今年は気候が良かったせいか、お庭の花々も桜と一緒に咲きそろい、椿も“つかみつけたように“という形容詞そのまま、赤い華やかな花が咲き誇っています。その横には楚々とした紫の花(残念ながら知っているはずの名前がどこかに飛んで行ってしまいました)かわいい花もあでやかに、でもちょっと恨めしそうに “ねえ、名前思い出してよ”と、その清楚な花を見せびらかしています。
家の下を流れる仙川は、そこにあった東宝撮影所が両岸に桜を植え今盛りでしょう。お隣の奥様が「今日は撮影所が特殊なライティングをしてとてもきれいな特別な日だからお花見に行きましょう」と車椅子のサービスを申し出てくださいました。本当に成城の方たちはご親切です。

今、ピアノは今度のCD録音のためにラハマニノフのプレリュード「鐘」を弾いていますがまたまたラハマニノフの音の使い方にいろいろの面白い発見があり、日々その天才ぶりを楽しんでいます。その詳細はまた今度に…。

明日(4月1日)、NHK ラジオ  夜11時30分「眠れない貴女へ」
私のおしゃべりは12時頃(24時)から20分だそうです。
眠くなかったら聴いてください。

NHK らじる★らじる

室井 摩耶子

2018-02-04

河出書房新社から新刊
『毎日、続ける:97歳現役ピアニストの心豊かに暮らす習慣』
が 2月27日(火)に発売されます。




~続けた先には、幸せが待っています。~
現役最高齢ピアニスト、室井が毎日続けてきた、
自分らしくいきいきと過ごすための38の工夫を紹介。

176頁 1,080円(税込)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309026527/




こうやって自分の生活を改めて振り返ってみると
「まぁなんて色々なことが複雑に重なり合っていることよ」と思います。
これも長生きのコツだったのかなと97歳の生涯を見つめ直している此の頃です。
お読みいただけたら嬉しいことでございます。

室井 摩耶子

2018-02-03

さむい!さむい!
東京も大雪に見舞われました。
前に大雪が降った時に北海道の友達に電話で電車が止まったと申しましたら「東京ってそんな程度の雪で交通機関がだめになるなんて弱虫ね」とからかわれました。でも今度積雪23センチでも電車は止まりませんでした。それに「雪景色」だけはたっぷり楽しみました。でも後が大変で足の具合が思わしくない私など、ただうちの中に座って「私の背丈の3倍」等というテレビ画像を見ているだけです。
その昔 雪合戦などをしながら「どの達磨が1番大きい?」などと4人も5人もかかって雪玉を転がして喜んでいたのを思い起こします。でもこの頃は雪だるまの目の炭など見つけようもなく、もちろん道の端に立っているだるまさん風景もなくちょっと淋しい思いにとらわれるのは私が年を取ったせいでしょうか?

ようやく体調も少し整いピアノの前に座る時間もとれるようになってまいりました。ラフマニノフの前奏曲3番の「鐘」に夢中になっていますが ラフマニノフという音楽家を改めて見直しています。そのうちCDに録音するつもりでおりますのでお聴きいただけたら本当に嬉しいことでございます。

室井 摩耶子

2017-12-23


12月17日 神戸大学発達科学部 学術Weeks2017のシンポジウム”ピアノに生きる 室井摩耶子”の題のもとに、参加させていただきとても楽しい時を過ごして参りました。
今年3月の骨折後、なかなか体調が戻らずそこに不整脈などを起こし相変わらず手押し車や車椅子などにたよる動きで、鬱々とした6か月を過ごしていただけに音楽をする方々とお話をしてピアノを聴いていただけるチャンスは嬉しいことでした。もちろん「ピアノを弾く」以上、私はピアニストですから「あの天才たちがみんなに伝えてヨ」と私たちに預けた音の詩を疎かにするわけには参りません。音から音へピアノが物語る詩が聴いている方たちの心の共鳴を引き起こし燃え上がらせるなんて、なんと素晴らしいことでしょう。私はまだ若いころピアニストとしてデビューしたころ、私の音楽には何か欠けているものがあると悩み抜いていたころ そしてヨーロッパで「音楽とは音で書いた詩であり、小説であり、戯曲である。それは音のエネルギーを扱いながら次から次へと進んでいっている」という原理をつかまえて人間と共に進んできたのだとその過ぎ越し方のプロセスを振り返りながら積み重ねてきたと思う日々をどれほどありがたく進んできたことでしょう。
室井摩耶子

写真:坂東 肇 教授 と 私

2017-11-18

T.V.がしきりに冬が来たとわめいています。でも私は体調が完璧でなくお医者様も「99%は良いがあと1%は危ない、1人で歩いてはいけません」と1人外出は許してくれなくて自分で怒っています。でも12月半ばは神戸までおしゃべりとピアノを弾きに出かけます。家に居たって神戸に居たって同じじゃないかと自分では思っていますが周りの方たちは気を付けていっていらっしゃいと仰ってくださいます。でも音楽の話ができるのはうれしいことです。
”マヤコのピアノよ しっかりしろ!!”というところです。
ご声援ください。
室井摩耶子

2017-10-07

漸く秋がやってきたようです。
もうちょっと前は…と言っても90代になってのことですが…
季節の移り変わりを喜んでいましたが、この頃は気温の変化にばかり神経がいって、季節の楽しみなど どこかに吹っ飛ばしています。朝カーテンを開けるとガラス窓に大きな雨粒が…毎日を「ああ、いやだ、うっとうしい!!」などと考えているなんて嫌な毎日ですね。
「あなたにはピアノがあるじゃない!」
そう そう そうでした。
マヤコ しっかり!!!

2017-09-23

年取ってから人間はいろいろのことを知るものだ。
私は今人間が歩くということに視線を向けている。人が歩くなど何でもないことで別に何の思考もいらない仕事だが、この3月に転んで以来(念のため私は96歳である)大腿部骨折そしてリハビリで半年になろうとする今も、まだ1人で外を歩く許可が下りていない。1人では手押し車でも危ないということだが、なるほど歩くと何となく不安であり自分の中では“大丈夫”と言いつつも1人歩きはしていない。
2か月以上にも及ぶリハビリ病院で私は人間が歩くということに何と複雑な機構が含まれていることだろうとつくづく思ったものだった。
脚を1っ歩踏み出すにしても、まずバランスをとって立てなければならない。姿勢、目線、背中の筋肉、腰のバランス、そして体重のかけ方、足のもろもろの筋肉の働き、それをつかさどる脳の働き等々“え?お前もか?”というほどの揚句、漸く“立てる“のである。
私は手押し車をのろのろと押しながら、スタスタと歩く人たちの足元を眺めていた。
脚の筋肉1つを動かすためにどれほど数多くの複雑なストレッチが用意されていたことだろう。

室井摩耶子

2017-09-02

昨日 NHKで『90歳。クラシック女子 ~昭和・平成わたしの音楽道~』のためにピアノのソロと千住真理子さんとモーツァルトのソナタを弾いて録音してきました。モーツァルトは素敵な曲ですよ。弾き終わった途端に2人で顔を見合わせて「ホントにうっとりするね~」と言い合いました。放送は9月18日 21:00~22:45(FM)です。聴いてくださいね。そのうち、それらの曲でCDを作るつもりです。
室井 摩耶子

2017-08-05

不順な気候が続いています。
私も体調が思わしくなく言うなれば思考能力ゼロと云った日が続いております。
普段は風邪などとはお親しくなかったのに
ここ3週間ばかり(いわゆる夏風邪)にとっつかれて咳が続いています。
9月には日テレの放映、NHKと続いているので
風邪なんてひいていられない。。。
次の時には何とかうまくいきましたとご報告したいものです。
室井 摩耶子

2017-07-15

なんとお暑い日が続いていることでしょう。
すっかりご無沙汰してしまいました。
私自身は "脚は大丈夫" なんて思っているのですが(確かに もう脚で歩いている)そのトンシャントンシャンのスロモーが気に喰わずイライラしています。
周りの方たちは早い治りに、凄いじゃないと言っていただいています。(5か月経ちました)
でもこの間いらしてくださった方に、月光の第一楽章をお聞かせして「曲の素晴らしさに鳥肌が立った」などとお褒めいただき、やっぱり音楽っていいななどとピアノを眺めています。
体力は確かに大分ついてきましたので、今後もよろしくご声援のほどお願い申し上げます。

室井摩耶子

2017-06-14

3月1日に脚をひっかけ大腿骨骨折を致し、5月初めまでリハビリ病院に閉じ込められました。退院してやれやれと思っていましたら、その後2回程 不整脈で病院に運ばれ漸く6月に入って”我が家の生活”に戻りました。でも”普通の生活”に戻るには時間がかかりそうです。
病院ではこの年での回復にしては驚くほどと云われるのですが、とにかく早く早くと焦っております。
何しろ声と外見が若いので 良いのか悪いのかわかりません。

コメントをくださった方々へ…
病院に入っていたためお返事できず申し訳ありませんでした。

室井摩耶子

2017-01-21

昨年12月10日ハイドンの演奏会が終わり(おかげ様で大変好評でございました)その後 体調を崩し、お年賀状その他、皆様には大変 御無礼をおかけしてしまいました。

11月以降 コメントを入れてくださった方々、お返事できずごめんなさい...。

もう元気です!

先日、CD発売に向けてコンサート演奏曲のほか、もう一曲 彼のソナタ Hob-49を録音。
Haydnって なかなか素晴らしい音楽家で、彼の音楽語の使い方は本当に天才という言葉以外には表現のしようがないと思います。
よく音のない休符など ”これは四分音符の間 黙っているの”と教わったことを思いおこすと、Haydnが天国からせせら笑いしそうな気がするほど彼の微妙な音楽語、本当に深い深い意味を持っています。どうして今までそれに気付かなかったのかと思います。それだけに”Haydnって素晴らしい音楽ですね 感激しました”などと言われると本当に天国にのぼらんばかりに嬉しくなります。
これから私にどんな物語を聴かせてくれるのでしょう。皆様とご一緒にその深い美しさに感激したいと思います。音楽家冥利に尽きる日々です。

室井 摩耶子