7月16日には受賞のお祝いの会が開かれました。
50人もの方がお集まりくださり 本当に和やかな楽しい会となりました。何しろ私が90歳という年なので、お集まりくださった方も60歳、70歳、80歳という方たちで文字通りお年にかかわらず...と感激もひとしおでした。
ありがとうございました。
室井 摩耶子
2012-07-27
2012-07-21
2012-06-01
5月31日の出来事
5月31日 テレビ朝日のモーニングバード朝8時からの番組に取り上げられ色々面白い経験を致しました。取材は3日間にわたり 内心たった15分のためにこんなに沢山Filmをまわしてどうなるのかと思ったのでした。
でも考えてみるとアナウンサー2人とお客様3人で話がどう変わるかも分からない状態ですから どんなことが起きても対処できるために備えるって本当に大変なことですね。でもディレクターの方が実に見事に私のお喋りをまとめてくださって とても良い内容に出来上がっていました。
3日間のうち2日はディレクターの方がメモを取りながらカメラを肩に担いでアングルを決め 撮っていく一人大活躍で本当に感心してしまいました。
最後に「経験は何でも私の頭陀袋に入れて そこで見事に発酵したお酒が本当に貴重品です」と申し上げたのですが、お客様の間で「えっ?頭陀袋ってなぁに?」との声が上がって、わが年の功にギョッとしてしまいました。昔 托鉢(これも死語かな?)の坊さんが貰ったものをめちゃめちゃに突っ込んだ袋をそう呼んだのですが、これはもう死語のようでした。自分では歳のことなど考えていないのですが10歳のころから新聞を読み、頭の中に刷り込まれたものは強靭なのですね。でも音楽は私の中で日に日に新しい顔を覗かせてくれるのはうれしいことです。
しかしテレビの威力ってすごいですね。その日は私のマネジャーの電話が鳴りっぱなしで、なんと九州から青森からCDの注文があったそうです。彼は電話の応対とCDの発送で一日かかっちゃったと悲鳴を上げていました。12月1日のお祝いの演奏会にはぜひ本物を聴きにいらしてくださいね!
私はピアノで皆さんとお話できるのが嬉しくてたまらないのです。
室井摩耶子
でも考えてみるとアナウンサー2人とお客様3人で話がどう変わるかも分からない状態ですから どんなことが起きても対処できるために備えるって本当に大変なことですね。でもディレクターの方が実に見事に私のお喋りをまとめてくださって とても良い内容に出来上がっていました。
3日間のうち2日はディレクターの方がメモを取りながらカメラを肩に担いでアングルを決め 撮っていく一人大活躍で本当に感心してしまいました。
最後に「経験は何でも私の頭陀袋に入れて そこで見事に発酵したお酒が本当に貴重品です」と申し上げたのですが、お客様の間で「えっ?頭陀袋ってなぁに?」との声が上がって、わが年の功にギョッとしてしまいました。昔 托鉢(これも死語かな?)の坊さんが貰ったものをめちゃめちゃに突っ込んだ袋をそう呼んだのですが、これはもう死語のようでした。自分では歳のことなど考えていないのですが10歳のころから新聞を読み、頭の中に刷り込まれたものは強靭なのですね。でも音楽は私の中で日に日に新しい顔を覗かせてくれるのはうれしいことです。
しかしテレビの威力ってすごいですね。その日は私のマネジャーの電話が鳴りっぱなしで、なんと九州から青森からCDの注文があったそうです。彼は電話の応対とCDの発送で一日かかっちゃったと悲鳴を上げていました。12月1日のお祝いの演奏会にはぜひ本物を聴きにいらしてくださいね!
私はピアノで皆さんとお話できるのが嬉しくてたまらないのです。
室井摩耶子
2012-05-14
前便のブログを改めてみて・・・・・
なるほどアナウンサーという人たちは達者なものだと感心しました。でもせめてもう一寸見栄えを
良くする様にそれまでにもう少し練習しておきましょう。
10月6日はお弟子さんたちが お祝いの会をしてくださるそうです。井上道義氏も一役買ってくださるそうです。
私自身の「音楽を聴きたいって何なの?」のシリーズは12月1日津田ホールです。ベートーヴェンとシューベルトで致します。いずれ近づいたらまたお知らせしますがぜひいらしてください。
室井摩耶子
良くする様にそれまでにもう少し練習しておきましょう。
10月6日はお弟子さんたちが お祝いの会をしてくださるそうです。井上道義氏も一役買ってくださるそうです。
私自身の「音楽を聴きたいって何なの?」のシリーズは12月1日津田ホールです。ベートーヴェンとシューベルトで致します。いずれ近づいたらまたお知らせしますがぜひいらしてください。
室井摩耶子
2012-02-03
2012-01-11
2011-12-26
年が暮れました
もう2011年も数日になってしまいました。年をとると日が経つのが早くなるとよく言われることですが本当に90年もいつの間に経ってしまったかと思います。
でもその半面いろいろのことが見えてきたり分かってきたりの思いもかけぬ景色が回りに見えてくるのは面白いことです。
先日もふと懐かしくてベーとーヴェンの15番のピアノソナタ(田園)の楽譜を引っ張り出して弾いてみたのです。これは私が上野の入試のときとベルリンのヨーロッパでビューのときベートーヴェンの夕べのリサイタルで弾いた印象深い曲なのです。ところが見えてくる姿が違うのです。そしてベートーヴェンってなんて優しい人なのだろうと涙がこぼれそうになりました。
第2テーマの嬰ハ長調から延々と続く転調句の得もいわれぬ微妙な音の移りは心に染み入るようでした。勿論美しいのは分かっていましたがこの心の許容範囲が広くなったのでしょうか、それとも私の何でも収容頭陀袋がとてもよい発行をしたのでしょうか。本当に心の染み渡っていくような「人間の優しみ」はこの曲を弾く時はこの美しさを聴く方たちにどうしても伝えなくては・・・・・とこの曲の演奏を固く決心したのでした。その時はぜひ聴きにいらしてくださいね。来年の仕事は一月九日に朝日カルチュアセンターで井熊よし子さんとの対談で始まります。このときは月光の曲を弾くつもりです。あの第1楽章を弾くたびに本当に何という名曲だろうと思わせられます。ベートーヴェンて本当に凄い作曲家ですね!!!
でもその半面いろいろのことが見えてきたり分かってきたりの思いもかけぬ景色が回りに見えてくるのは面白いことです。
先日もふと懐かしくてベーとーヴェンの15番のピアノソナタ(田園)の楽譜を引っ張り出して弾いてみたのです。これは私が上野の入試のときとベルリンのヨーロッパでビューのときベートーヴェンの夕べのリサイタルで弾いた印象深い曲なのです。ところが見えてくる姿が違うのです。そしてベートーヴェンってなんて優しい人なのだろうと涙がこぼれそうになりました。
第2テーマの嬰ハ長調から延々と続く転調句の得もいわれぬ微妙な音の移りは心に染み入るようでした。勿論美しいのは分かっていましたがこの心の許容範囲が広くなったのでしょうか、それとも私の何でも収容頭陀袋がとてもよい発行をしたのでしょうか。本当に心の染み渡っていくような「人間の優しみ」はこの曲を弾く時はこの美しさを聴く方たちにどうしても伝えなくては・・・・・とこの曲の演奏を固く決心したのでした。その時はぜひ聴きにいらしてくださいね。来年の仕事は一月九日に朝日カルチュアセンターで井熊よし子さんとの対談で始まります。このときは月光の曲を弾くつもりです。あの第1楽章を弾くたびに本当に何という名曲だろうと思わせられます。ベートーヴェンて本当に凄い作曲家ですね!!!
2011-11-29
音楽会を終えて
先日 11月12日卆寿の音楽会が済んだなと思ったら、もう二週間も経ってしまいました。演奏会の前(10月18日)不覚にもお腹をこわし 約10日間ひっくり返って寝てしまいましたので音楽会までは、まるで綱渡りをしているようで毎日〝もう音楽会には弾けない〟と喚いていました。でも音楽会は皆さん感激してくださって〝聴いていて鳥肌が立った〟とまでおっしゃってくださるのには私のほうが逆に感激してしまいました。このところ漸く体調も元のように健康優良児に戻りピアノの前に座り12月11日の(お弟子さんが私の卆寿を祝ってくださる会)に弾くモーツァルトのAdagioを取り組んでいます。前に弾いたときとはまた違った貌が見えてきて〝モーツァルトさん、あなたは何を考えながらこのSubito pianoやSubito forteを書いているの?〟とか〝このテーマの出は何を言いたいの?〟とかクエスチョンと出てくる音とで楽しんでます。私のかわいい生徒さんたち(といっても50歳にもなり、あちらやこちらの教授だったりコンクールの審査員だったりしますが)それぞれの考えを披露してくれる音楽会は楽しみです。私も負けないようにガンバラなくちゃ・・・!!!
室井摩耶子
撮影:木村佳代子
2011-09-08
9月10日のテレビ出演
もう明後日のことになりましたが、9月10日TBSテレビで2時から3時半の番組に出演します。題名は世界長寿超人グランプリという恐ろしいようなタイトルですが、私の出番は最後のほうだそうです。色々場面は撮ったのですがどんなことになっているか興味津々です。
漸く少し涼しくなって秋めいてきましたが、今年は地震・津波・台風と大変なことが続きました。何を天の神様はイカッテいるのでしょう。秋とともに少し静かになってほしいものです。でも私自身のことで言えば音楽会々々で曲の仕上げに十分な時間があるのかしらなんて、オロオロしてます。気候が落ち着けばピアノへの集中もできるようになるでしょう。
天の神様もゴキゲンを直してネ!!
室井摩耶子
漸く少し涼しくなって秋めいてきましたが、今年は地震・津波・台風と大変なことが続きました。何を天の神様はイカッテいるのでしょう。秋とともに少し静かになってほしいものです。でも私自身のことで言えば音楽会々々で曲の仕上げに十分な時間があるのかしらなんて、オロオロしてます。気候が落ち着けばピアノへの集中もできるようになるでしょう。
天の神様もゴキゲンを直してネ!!
室井摩耶子
2011-08-12
暑い、暑い
良くこんなに暑い日が続きます。お変わりなくいらっしゃいますか?
もう1月も前になってしまいましたが北海道網走に3日ほど遊びに行ってきました。女満別の飛行場を出ると温度計は36度を指しビックリしました。でも北海道特有の透き通るような空気で思わず深呼吸してしまいました。特に水の上は(写真)気持ちよく、その前にジャガイモ畑の中を迷子になって どうしよう? どうしよう? なんて(写真)オロオロしたことなんて忘れてしまいました。
でも東京に帰ってきたら蒸し暑さと、たまってた雑用に追われて東電さんには悪いのですが冷房をガンガンつけています。ピアノをひいていると、好きなことでストレスが無いから長生きするなんていわれて、ピアノを練習するって凄くエネルギーの要ることでストレスの固まりだァーなんて一人で喚いています。いやお暑いことで・・・・・
室井摩耶子
もう1月も前になってしまいましたが北海道網走に3日ほど遊びに行ってきました。女満別の飛行場を出ると温度計は36度を指しビックリしました。でも北海道特有の透き通るような空気で思わず深呼吸してしまいました。特に水の上は(写真)気持ちよく、その前にジャガイモ畑の中を迷子になって どうしよう? どうしよう? なんて(写真)オロオロしたことなんて忘れてしまいました。
でも東京に帰ってきたら蒸し暑さと、たまってた雑用に追われて東電さんには悪いのですが冷房をガンガンつけています。ピアノをひいていると、好きなことでストレスが無いから長生きするなんていわれて、ピアノを練習するって凄くエネルギーの要ることでストレスの固まりだァーなんて一人で喚いています。いやお暑いことで・・・・・
室井摩耶子
2011-07-05
テレビのあとで
もう先月になりましたが6月28日テレビ朝日の「たけしの家庭医学のプログラム」にお手伝いさせて頂いて大変面白い経験をいたしました。もう見て下さった方もおありでしょうが、90歳になって猶ピアニストとして活躍してるとは驚きだという実験台になったというわけです。私としてはピアノを弾きつづけ、作曲家たちの尽きない素晴らしいその魅力に、ただただ惹きこまれ、今まで来たということなのです。音楽がその音の織物で作り上げていく凄さは知れば知るほど底深く、喜んでくださる方がいらっしゃればいらっしゃるほど足が抜けなくなりました。
テレビの後、メールやお電話を沢山いただきましたが、その中に「年をとったら肉は食べないほうが良いと聞かされていましたが室井さんのエネルギーにあやかってこれからは肉をどんどん食べることにしましょう」などとおっしゃる方もありエネルギーの元は肉食ということになりました。これは食肉協会から褒美がもらえるかしらなどと楽しみにしていますが(^。^)・・・・・・・
「とても力をいただきました」「私もがんばらなければ」とのお便りもたくさんいただきました。
でも私としては11月12日の卆寿の音楽会に弾くベーとーヴェンやシューマンの心の声に一寸ずつでも近づくべく渾身の力をかけた毎日が続くのみです。
皆様のご声援を背にがんばります。
室井摩耶子
テレビの後、メールやお電話を沢山いただきましたが、その中に「年をとったら肉は食べないほうが良いと聞かされていましたが室井さんのエネルギーにあやかってこれからは肉をどんどん食べることにしましょう」などとおっしゃる方もありエネルギーの元は肉食ということになりました。これは食肉協会から褒美がもらえるかしらなどと楽しみにしていますが(^。^)・・・・・・・
「とても力をいただきました」「私もがんばらなければ」とのお便りもたくさんいただきました。
でも私としては11月12日の卆寿の音楽会に弾くベーとーヴェンやシューマンの心の声に一寸ずつでも近づくべく渾身の力をかけた毎日が続くのみです。
皆様のご声援を背にがんばります。
室井摩耶子
2011-06-24
肉食人種長寿族ことピアニスト
先日 朝日放送 たけしの家庭の医学 から(例によって肉食人種長寿族の)取材を受けました。取材は長々とかかっていましたが、さて放映は何分でしょう?
放送は6月28日です。
室井摩耶子
放送は6月28日です。
室井摩耶子
節電!?!?
急に真夏日がやってきて参ってます。電力制限でガマンしていましたが 汗はタラタラ。とうとうガマン仕切れなくなって、冷房を付けたら「涼しいって なんて気持ちの良いこと!!!」と大感激です。
まあ人間って本当に身勝手なものですね。この間まで、こんな気候でのうのうと〝感謝もしないで〟暮らしていたのですもの。
でもピアノをひくことにも原稿を書くことにもぜんぜん集中できないのは大困り。電力会社には申し訳ないけれど冷房をつけさせていただきます。
原発の事件が起きたとき、私は電力事情について何にも知識が無いことを改めて思い、愕然としました。原発なしに世の中回っていけるの?いけないの?コタツの生活から離れてまだそんなに時間は経っていないのに・・・・・。
だから「原発反対」って大きな声で叫べないことにイライラオロオロしています。
室井摩耶子
まあ人間って本当に身勝手なものですね。この間まで、こんな気候でのうのうと〝感謝もしないで〟暮らしていたのですもの。
でもピアノをひくことにも原稿を書くことにもぜんぜん集中できないのは大困り。電力会社には申し訳ないけれど冷房をつけさせていただきます。
原発の事件が起きたとき、私は電力事情について何にも知識が無いことを改めて思い、愕然としました。原発なしに世の中回っていけるの?いけないの?コタツの生活から離れてまだそんなに時間は経っていないのに・・・・・。
だから「原発反対」って大きな声で叫べないことにイライラオロオロしています。
室井摩耶子
2011-05-02
演奏会を延期しました
この頃どなたとお話してても東日本大震災のお話のみで「どうしてこんなに無気力なのでしょう」で終わります。本当に社会全体がすっかり沈潜してしまって「どこかに行こう」とか「何かをしよう」とかの気持ちに動かなくなってしまいました。
私もこんなときに音楽会をやっても音楽を楽しむ気持ちには到底なれないとマネージャーとも話し合って6月の演奏会は11月に延期と言うことに決めざるを得なくなりました。
90年生きてこんなに世の中じゅうが沈み込んでしまったことなどありませんでした。戦争の時だって東京大空襲にしろ原子爆弾投下にしろあのすべてが破壊しつくされた惨状の中でも私たちは生きようという心を持っていました。だからこの無気力状態(頭がどう思っても体は動かない)は本当に人間の不思議さをまざまざとみせつけられたようで、ただ流れの中をアップアップしているだけなのです。
確かにわたくしはシューベルトの最後のソナタを聞いてその中に音楽が人間に与えてくれる力があることを感じました。
神様がシューベルトという天才を通じて私たちに語りかけてくれるものは本当に凄いと思いました。
でも何はともあれやっぱり“元気を出しましょう”でしょうか。
室井摩耶子
私もこんなときに音楽会をやっても音楽を楽しむ気持ちには到底なれないとマネージャーとも話し合って6月の演奏会は11月に延期と言うことに決めざるを得なくなりました。
90年生きてこんなに世の中じゅうが沈み込んでしまったことなどありませんでした。戦争の時だって東京大空襲にしろ原子爆弾投下にしろあのすべてが破壊しつくされた惨状の中でも私たちは生きようという心を持っていました。だからこの無気力状態(頭がどう思っても体は動かない)は本当に人間の不思議さをまざまざとみせつけられたようで、ただ流れの中をアップアップしているだけなのです。
確かにわたくしはシューベルトの最後のソナタを聞いてその中に音楽が人間に与えてくれる力があることを感じました。
神様がシューベルトという天才を通じて私たちに語りかけてくれるものは本当に凄いと思いました。
でも何はともあれやっぱり“元気を出しましょう”でしょうか。
室井摩耶子
2011-04-21
がんばりましょう
多分、どなたも同じと思うのですが身も心もここにあらずの1ヶ月あまりでした。その間数多くの方々がコメントをお寄せになったりいろいろの情報を教えてくださいました。始終部屋を揺さぶってくる地球の凄いエネルギーに呆気にとられながら今まで経験したことも無い次々の事柄が現れるのを見たり聴いたりしているわけですが、その度に人間対自然の凄まじさに度肝を抜かれてます。そして私たちの周りに立ち込める空気は私たちを〝普通の生活〟に戻してはくれません。私は会う人ごとに「これは何なのかしら?妖気?悪霊の吐く毒気?」と尋ねているのですが「本当にねぇ」というだけで、やっぱり返答のないまま時が過ぎていってしまいます。異常というのは平常というものが手前にあって初めて存在するものです。しかし今その平常というものが姿を隠してしまっているので、あの凄い津波のような異常な波になすすべも無く巻き込まれて押し流されていっているということでしょうか。でもわたしはピアノを弾くのに命をかけた人間ですから、やっぱり音楽で皆さんの生活を元に戻す力の一助になりたいと思っております。
がんばりましょう!!
室井摩耶子
がんばりましょう!!
室井摩耶子
2011-03-26
東日本大震災
あの悲惨な大災害があってからいつの間にか2週間という日が過ぎました。毎日朝から晩までテレビの前に座っていると、ものすごい災害だったのだなと心が痛みます。その上に原発の騒ぎが持ち上がって世の中一体どうなっちゃうのでしょう。
こうなると言葉というものは無力でその痛みの100分の1も表現してくれません。木片や窓枠や空箱やひしゃげた自動車やを抱え込んで黒い壁になって覆いかぶさってくる津波、その圧力、早さ、その凄いエネルギーはテレビの前に座り込んでいる私の背中をも一呑みしそうな迫力でした。でもその数ある映像を観ながら私は日本人て、なんて素晴らしいのだろうとひどく感激したのは、この災害ですべての秩序がメチャメチャに壊された中で、実に見事な行動をしていることでした。このあいだ起こったニュージーランドの地震のときは、直ちに災害地への立ち入り禁止で遺族すらバスの中に閉じ込められてしまいました。つまり他国では、すぐに起こるだろう略奪、暴動への懸念など日本では必要も無かったのです。警官や自衛隊は人を救出することに専念していました。
こうした非常時に意識していなかったことが突然目の前に突きつけられて、私は改めて日本人と言うものに大いなる誇りを持ちました。
後は神さま仏さまよろしくお願いいたします。
室井摩耶子
こうなると言葉というものは無力でその痛みの100分の1も表現してくれません。木片や窓枠や空箱やひしゃげた自動車やを抱え込んで黒い壁になって覆いかぶさってくる津波、その圧力、早さ、その凄いエネルギーはテレビの前に座り込んでいる私の背中をも一呑みしそうな迫力でした。でもその数ある映像を観ながら私は日本人て、なんて素晴らしいのだろうとひどく感激したのは、この災害ですべての秩序がメチャメチャに壊された中で、実に見事な行動をしていることでした。このあいだ起こったニュージーランドの地震のときは、直ちに災害地への立ち入り禁止で遺族すらバスの中に閉じ込められてしまいました。つまり他国では、すぐに起こるだろう略奪、暴動への懸念など日本では必要も無かったのです。警官や自衛隊は人を救出することに専念していました。
こうした非常時に意識していなかったことが突然目の前に突きつけられて、私は改めて日本人と言うものに大いなる誇りを持ちました。
後は神さま仏さまよろしくお願いいたします。
室井摩耶子
2011-02-16
肉食人種のつぶやき
新しいピアノの部屋の3人掛けソファー(実は私のヒルネのため)がゴブランのすごく格式高い織物で覆われていて、誰かインタービュアーが来てくれないかしらなどと言っていたら、もう3回目のTBSテレビがカメラマンともども7人チームで現れてくれました。ソファーにそっと「よかったねー」などとつぶやき(いまの流行語)かけました。
放映は18日(金)の朝のハナマルマーケットだそうです。テーマは又例によって肉食人種長命族(!!)です。でもピアニストなのでチョッピリ、ピアノ演奏も入りました(陰の声;我輩はピアニストなんだぞ!! ほら魅力いっぱいのピアノの音が話し掛けてくるだろう!!・・・ナンテ)
この頃になって漸く新しい家の居心地の良さがわかってきて、誇り高き片付け魔なってきました。でも6月5日 2時開演 津田ホールでの卆寿音楽会のためのピアノの準備に没頭しなきゃ・・・と目下、頭と体の切り替えに専念してます。
シューマンさん、ベートーヴェンさん よろしくネ。
室井摩耶子
放映は18日(金)の朝のハナマルマーケットだそうです。テーマは又例によって肉食人種長命族(!!)です。でもピアニストなのでチョッピリ、ピアノ演奏も入りました(陰の声;我輩はピアニストなんだぞ!! ほら魅力いっぱいのピアノの音が話し掛けてくるだろう!!・・・ナンテ)
この頃になって漸く新しい家の居心地の良さがわかってきて、誇り高き片付け魔なってきました。でも6月5日 2時開演 津田ホールでの卆寿音楽会のためのピアノの準備に没頭しなきゃ・・・と目下、頭と体の切り替えに専念してます。
シューマンさん、ベートーヴェンさん よろしくネ。
室井摩耶子
2011-02-13
新しい家に大分慣れました
2月13日 (本当は1月20日に出すハズでした)
お引越しをして間もなく2ヶ月が経とうとしています。
なんだか落ち着いたのか落ち着かないのか良くわからないという感じです。
少しずつ必要品は買い求めていますが、なにが何処に行ったのか行方不明
のものも多く、これはここで新しい人生を始めると思ったほうが早いかななどと
も思ったりしてます。
門柱の上にはもう20年来も我が家にいた焼き物のシャチが2匹、入ってくる人を見張っていますが、これらも古い家時代はあまり存在を認められず、門に乗っかったらなかなかカッコウがいいじゃない等と誇りをもって威張っています。
古い家の門柱のところにあったヒマラヤスギも目に付くようになり「え?いつの間にそんなに大きくなったの?」と、もう20m以上も高くなって立派です。
新「ピアノの部屋」には南と北に格子戸がつき、部屋に座っていると石庭の(全く日本風な)窓と、そしてヒマラヤスギがあたりを睥睨する野趣満々の北窓とその格子戸の窓枠に区切られた一幅の絵として、なかなかいい趣です。私がああこうと指示して作ってもらったもので無く、そんな風になっちゃったいった家なので、なんだか時々私は何処にいるんだろう等と思ったりしながら、広々とした家を闊歩してるというわけです。建物というものも私のもっている古い「家」というものの感覚とは全然別で、私がグチャグチャ口を出さないほうが良かったんじゃないかと「新しい常識」に目をむいています。床暖房で一日中 部屋は小春日和で、「今年の冬は厳冬ですね」等と言われても、「そうそう」などと相槌をうつより「あら そぉ?」等とトンチンカンな応答をしているといった具合です。
平屋に生まれて ずっと平屋に住んでいた私ですが、死ぬまでに一度二階に寝たいといった願望だけは全く正解で、東南に開ける窓から暁方の空の色の刻々と変わる変化に朝も早く目が覚めるようになりました。それは本当に美しいものですよ!!
家を建ててみて、いろいろな場面に遭遇して本当に度々大感激しています。
こんな経験は生まれてから初めてで、人生と言うものは面白いものだと再認識しております。
これから6月5日の「卆寿の演奏会!!」に向けて、またピアノに必死になる日が続きます。
室井 摩耶子
お引越しをして間もなく2ヶ月が経とうとしています。
なんだか落ち着いたのか落ち着かないのか良くわからないという感じです。
少しずつ必要品は買い求めていますが、なにが何処に行ったのか行方不明
のものも多く、これはここで新しい人生を始めると思ったほうが早いかななどと
も思ったりしてます。
門柱の上にはもう20年来も我が家にいた焼き物のシャチが2匹、入ってくる人を見張っていますが、これらも古い家時代はあまり存在を認められず、門に乗っかったらなかなかカッコウがいいじゃない等と誇りをもって威張っています。
古い家の門柱のところにあったヒマラヤスギも目に付くようになり「え?いつの間にそんなに大きくなったの?」と、もう20m以上も高くなって立派です。
新「ピアノの部屋」には南と北に格子戸がつき、部屋に座っていると石庭の(全く日本風な)窓と、そしてヒマラヤスギがあたりを睥睨する野趣満々の北窓とその格子戸の窓枠に区切られた一幅の絵として、なかなかいい趣です。私がああこうと指示して作ってもらったもので無く、そんな風になっちゃったいった家なので、なんだか時々私は何処にいるんだろう等と思ったりしながら、広々とした家を闊歩してるというわけです。建物というものも私のもっている古い「家」というものの感覚とは全然別で、私がグチャグチャ口を出さないほうが良かったんじゃないかと「新しい常識」に目をむいています。床暖房で一日中 部屋は小春日和で、「今年の冬は厳冬ですね」等と言われても、「そうそう」などと相槌をうつより「あら そぉ?」等とトンチンカンな応答をしているといった具合です。
平屋に生まれて ずっと平屋に住んでいた私ですが、死ぬまでに一度二階に寝たいといった願望だけは全く正解で、東南に開ける窓から暁方の空の色の刻々と変わる変化に朝も早く目が覚めるようになりました。それは本当に美しいものですよ!!
家を建ててみて、いろいろな場面に遭遇して本当に度々大感激しています。
こんな経験は生まれてから初めてで、人生と言うものは面白いものだと再認識しております。
これから6月5日の「卆寿の演奏会!!」に向けて、またピアノに必死になる日が続きます。
室井 摩耶子
2010-12-27
新居の暮らし初め

引越し騒ぎがすこし落ち着きました。
家中に一杯だったダンボールの山が漸く無くなって(本当にどこにこんな荷物があったのだろうと思うほどダンボールの山でした)ピアノの部屋が部屋らしくなりました。
そしたら今年はもう余すところ4日!! 全くそれを考えると又々頭が混乱してしまいます。頭は一つなのに物を片付けるということとピアノを弾くということは、全く別の部門が働いているらしくピアノを弾くということとはほとんど2ヶ月離れてしまいました。
同様10月のピアノの音楽会のために家のことなど何も考えられず全て「よきに計らえ」式にやったので一寸すごい家が出来上がりました。
今になって「よかったのかしら?」などと辺りを見回している始末です。なにしろ隣から家を建てる第一歩から見ていたので「これが家を作るということか」と文字通り興味津々でした。
草茫々の林が1本の木も無くなって光る黒土が出てきたあの驚きから今や枯山水の石庭を見ながらピアノをちんまりとみえるスタジオに座っているとこれでも同じ成城に暮らしているのかとふと思ってしまう。
さて新年になってもうしっかりと腰を落ちつけてピアノの生活に戻らなければ6月5日の卒寿の音楽会を思うように弾けないともう一度すごい決意のもとに新年に突き進んでいくつもりです。
そのうち また新居の住み具合を報告申し上げられるでしょう
最後になりましたが皆様お揃いで良いお年をお迎えになります様に…
室井摩耶子
家中に一杯だったダンボールの山が漸く無くなって(本当にどこにこんな荷物があったのだろうと思うほどダンボールの山でした)ピアノの部屋が部屋らしくなりました。
そしたら今年はもう余すところ4日!! 全くそれを考えると又々頭が混乱してしまいます。頭は一つなのに物を片付けるということとピアノを弾くということは、全く別の部門が働いているらしくピアノを弾くということとはほとんど2ヶ月離れてしまいました。
同様10月のピアノの音楽会のために家のことなど何も考えられず全て「よきに計らえ」式にやったので一寸すごい家が出来上がりました。
今になって「よかったのかしら?」などと辺りを見回している始末です。なにしろ隣から家を建てる第一歩から見ていたので「これが家を作るということか」と文字通り興味津々でした。
草茫々の林が1本の木も無くなって光る黒土が出てきたあの驚きから今や枯山水の石庭を見ながらピアノをちんまりとみえるスタジオに座っているとこれでも同じ成城に暮らしているのかとふと思ってしまう。
さて新年になってもうしっかりと腰を落ちつけてピアノの生活に戻らなければ6月5日の卒寿の音楽会を思うように弾けないともう一度すごい決意のもとに新年に突き進んでいくつもりです。
そのうち また新居の住み具合を報告申し上げられるでしょう
最後になりましたが皆様お揃いで良いお年をお迎えになります様に…
室井摩耶子
2010-11-12
初めてのお引越し
ピアノに夢中になってるあいだに前庭にどんどんと建物が広がり伸びてようやく家らしい形態を整えてまいりました。
なにしろ片や朝から晩までドンドンピロピロとピアノの音、もう片方はギリギリカンカンビョ~ンと家の建つ音(朝7時から夕方7時まで!!!)
もし、モグラが住んでいたとすれば耳を押さえてウロウロと逃げ惑っていたことでしょう。何しろ、あの匂い立つような光り輝く黒土の時から、地面いっぱい敷き詰められた砕石そしてコンクリート編み上げられた鉄骨が敷かれニョキニョキと立つ柱、家がだんだん建っていくプロセスを見ているのは、なかなか面白うございました。でもお引越しのことやこれからの生活様式(何しろ私は今まで二階家と言うのに住んだことがないので)を考えると頭が痛くなります。でも、みなさんが「御楽しみですね」と言ってくださいますので、移転したら嬉しいのだろうと想像いたしております。
と言うことを前に下書きしておいたのですが引越しの準備で日が経ってしまって家も完成に近づきました。これから引越し本番です。ヤレヤレ!!!
室井摩耶子
なにしろ片や朝から晩までドンドンピロピロとピアノの音、もう片方はギリギリカンカンビョ~ンと家の建つ音(朝7時から夕方7時まで!!!)
もし、モグラが住んでいたとすれば耳を押さえてウロウロと逃げ惑っていたことでしょう。何しろ、あの匂い立つような光り輝く黒土の時から、地面いっぱい敷き詰められた砕石そしてコンクリート編み上げられた鉄骨が敷かれニョキニョキと立つ柱、家がだんだん建っていくプロセスを見ているのは、なかなか面白うございました。でもお引越しのことやこれからの生活様式(何しろ私は今まで二階家と言うのに住んだことがないので)を考えると頭が痛くなります。でも、みなさんが「御楽しみですね」と言ってくださいますので、移転したら嬉しいのだろうと想像いたしております。
と言うことを前に下書きしておいたのですが引越しの準備で日が経ってしまって家も完成に近づきました。これから引越し本番です。ヤレヤレ!!!
室井摩耶子
2010-10-21
ピアノの音
すっかりご無沙汰いたしました。
10月8日に漸く第22回目のトークコンサートを済ませ、人心地が着いたところです。曲目はベートーヴェンの第17番〝テンペスト〟とシューマンの〝子供の情景〟でした。何時ものことながら、もう何回も弾いた曲にもかかわらずその作曲家やその曲についても新しい側面を見せてくれて、毎回どうしてこんなことを知らなかったの?とハラハラドキドキの連続です。そうして知った心の深い揺れは、それをどのように聴いてくださってる皆様にお伝えできるか、ご一緒に音楽の感動に身をゆだねる事ができるかは簡単なことではございません。
それにしても、こうやってベートーヴェン(確固とした構成的な音楽)とシューマン(ドイツロマン派)の曲を研究してみると、ピアノという楽器は何て複雑な表現力を持つ楽器だろうと驚嘆してしまいます。
この2曲ともサイゴはサヨナラと霧の彼方に消えていくPP(ピアニッシモ)ですが
そのPPは「小さな音」と言う言葉の範疇を超えた〝響き〟が要求されるのです。それでないと〝物語〟の終焉と言う心理は表現されないのです。ピアニストはその為の訓練されたタッチ、その音を分別する聴覚、その意味を汲み取るデリケートな神経の集中、その他々と集中力を詰め込んだ練り上げる時間がうんと要るというわけです。本当に音楽ってなんと不思議なものでしょう。
それを得る喜びが私の命を支えてくれるのかもしれませんが......
室井摩耶子
10月8日に漸く第22回目のトークコンサートを済ませ、人心地が着いたところです。曲目はベートーヴェンの第17番〝テンペスト〟とシューマンの〝子供の情景〟でした。何時ものことながら、もう何回も弾いた曲にもかかわらずその作曲家やその曲についても新しい側面を見せてくれて、毎回どうしてこんなことを知らなかったの?とハラハラドキドキの連続です。そうして知った心の深い揺れは、それをどのように聴いてくださってる皆様にお伝えできるか、ご一緒に音楽の感動に身をゆだねる事ができるかは簡単なことではございません。
それにしても、こうやってベートーヴェン(確固とした構成的な音楽)とシューマン(ドイツロマン派)の曲を研究してみると、ピアノという楽器は何て複雑な表現力を持つ楽器だろうと驚嘆してしまいます。
この2曲ともサイゴはサヨナラと霧の彼方に消えていくPP(ピアニッシモ)ですが
そのPPは「小さな音」と言う言葉の範疇を超えた〝響き〟が要求されるのです。それでないと〝物語〟の終焉と言う心理は表現されないのです。ピアニストはその為の訓練されたタッチ、その音を分別する聴覚、その意味を汲み取るデリケートな神経の集中、その他々と集中力を詰め込んだ練り上げる時間がうんと要るというわけです。本当に音楽ってなんと不思議なものでしょう。
それを得る喜びが私の命を支えてくれるのかもしれませんが......
室井摩耶子
2010-09-07
新しいCD
5月8日の白寿ホールでのライブCDが出来上がりました。
曲目は皆のよく知っているモーツァルトのトルコマーチつきピアノソナタ変イ長調KV311とシューベルトの4つのアムプロンプチュOp90です。
この2つのポピュラーな曲はしばしば至極安直に粗雑に弾かれてしまいますのでこれらの曲の持つ本当に繊細な美しい姿を知ってほしくプログラムに組んだのでした。
音楽会のライブ録音は会場の雰囲気を知っていただきたくそのままに一枚のライブCDに出してましたが、この度は新しい試みとして一曲ずつ別の盤に入れ長いトークをつけました。タイトルは〝演奏の秘密。〟その長いトークにどのようにして音楽の波が滔々と流れを作っていくかそのトリックが音と一緒に入っております。
音楽って不思議なもので、聴いている人たちに歓びや悲しみ、たまらない美しさ、明るさ、深い静寂さや天まで躍り上がりたくなるような感動を与えます。
どうしてそういったものを表現できるのかは研究すればするほど広く深く際限もないものですが、それらはいつも音と一緒でなければ納得することが出来ません。それでそのためにはCDが一番都合がいいことを思いついたわけです。そしてそれにつける演奏は〝その結果〟を聴かせるものでなければなりません。というわけで私はピアニストにとって一期一会のチャンスであるライブ録音を使ったのです。
これがピアノを弾く方たちや音楽を楽しもうと願っている方たちに何らかのお役に立てたらと思います。もし、このCDをお聴きいただけましたらご意見・ご感想をお聞かせ願えれば本当に嬉しいことでございます。
室井摩耶子
曲目は皆のよく知っているモーツァルトのトルコマーチつきピアノソナタ変イ長調KV311とシューベルトの4つのアムプロンプチュOp90です。
この2つのポピュラーな曲はしばしば至極安直に粗雑に弾かれてしまいますのでこれらの曲の持つ本当に繊細な美しい姿を知ってほしくプログラムに組んだのでした。
音楽会のライブ録音は会場の雰囲気を知っていただきたくそのままに一枚のライブCDに出してましたが、この度は新しい試みとして一曲ずつ別の盤に入れ長いトークをつけました。タイトルは〝演奏の秘密。〟その長いトークにどのようにして音楽の波が滔々と流れを作っていくかそのトリックが音と一緒に入っております。
音楽って不思議なもので、聴いている人たちに歓びや悲しみ、たまらない美しさ、明るさ、深い静寂さや天まで躍り上がりたくなるような感動を与えます。
どうしてそういったものを表現できるのかは研究すればするほど広く深く際限もないものですが、それらはいつも音と一緒でなければ納得することが出来ません。それでそのためにはCDが一番都合がいいことを思いついたわけです。そしてそれにつける演奏は〝その結果〟を聴かせるものでなければなりません。というわけで私はピアニストにとって一期一会のチャンスであるライブ録音を使ったのです。
これがピアノを弾く方たちや音楽を楽しもうと願っている方たちに何らかのお役に立てたらと思います。もし、このCDをお聴きいただけましたらご意見・ご感想をお聞かせ願えれば本当に嬉しいことでございます。
室井摩耶子
2010-08-16
我が家の庭
今ウチの前庭は新しい我が家を建てるためにテンヤワンヤの騒ぎです。
大体ウチの庭は何十年もまえに植えた木と鳥たちが勝手に落としていった種が
雑然と生い茂っていてその上に雑草がぼうぼうと生い茂っていてまったく梁山泊の様子でした。
それがウチをたてるために、或る日すべて根こそぎ抜かれて平地になってしまったときはビックリしました。
そしてこの土地は昔から畑地であったためとてもよい土なのですが それが50坪も湿った黒土で露でピカピカ光っていたり私はその美しさに感激してしまいました。土も覆いかぶさっていたものが取れて漸く新鮮な空気に触れる歓びににおい立っているようでした。私はその開放された土に思わず「今まで閉じ込めておいてごめんね」と言ってしまいました。
そしてこの上にまた家を建ててまた覆ってしまうのかと思うと一寸悲しくなりました。
続きはまたこんど、、、、
室井摩耶子
大体ウチの庭は何十年もまえに植えた木と鳥たちが勝手に落としていった種が
雑然と生い茂っていてその上に雑草がぼうぼうと生い茂っていてまったく梁山泊の様子でした。
それがウチをたてるために、或る日すべて根こそぎ抜かれて平地になってしまったときはビックリしました。
そしてこの土地は昔から畑地であったためとてもよい土なのですが それが50坪も湿った黒土で露でピカピカ光っていたり私はその美しさに感激してしまいました。土も覆いかぶさっていたものが取れて漸く新鮮な空気に触れる歓びににおい立っているようでした。私はその開放された土に思わず「今まで閉じ込めておいてごめんね」と言ってしまいました。
そしてこの上にまた家を建ててまた覆ってしまうのかと思うと一寸悲しくなりました。
続きはまたこんど、、、、
室井摩耶子
2010-06-17
梅雨の候
2010-05-17
音楽会の後で
漸く五月八日の音楽会が終わりました。
おかげさまで切符完売で、いらして下さった方々にご迷惑をおかけしてと恐縮しております。
此方はホッとしたり、ちょっとグダ~としたりというところです。でも音楽のほうは
とても感激したの、楽しかったのと色々いっていただき本当に嬉しいことでした。
音楽というのは不思議なものでどこでどうなるのかよくわかりませんが(今日の科学をもってしてもわからないようです)人の気持ちがよく伝わります。ドイツ語でムジツィーレン(音楽をする)という言葉がありますが音楽会場の中では演奏者と聴衆の気持ちは一緒に燃え上がったり沈み込んだり致します。この間の音楽会でも私は聴き込んで下さっている会場の皆様の雰囲気がステージに押し寄せてくるようで、とても嬉しかったというか、一緒に音楽にのめりこみましょうと言う気持ちになりました。だから終わった後ピアノが話しかけてくるようだったと興奮冷めやらぬ面持ちでおっしゃっていただいて、何か天にも昇るような気持ちが致しました。音楽にひたすら打ち込んで、ああかこうかと苦しんでいるときは結構大変なものですが、皆様と一緒に音楽を楽しめたときは本当に幸せと思います。凄い作曲家たちのメッセージは美しく際限なく深くこれからもそのすばらしさに近づこうと渾身の努力をして参るつもりですが、皆様の温かいご支援を今後ともよろしくお願い申し上げます。
室井摩耶子
おかげさまで切符完売で、いらして下さった方々にご迷惑をおかけしてと恐縮しております。
此方はホッとしたり、ちょっとグダ~としたりというところです。でも音楽のほうは
とても感激したの、楽しかったのと色々いっていただき本当に嬉しいことでした。
音楽というのは不思議なものでどこでどうなるのかよくわかりませんが(今日の科学をもってしてもわからないようです)人の気持ちがよく伝わります。ドイツ語でムジツィーレン(音楽をする)という言葉がありますが音楽会場の中では演奏者と聴衆の気持ちは一緒に燃え上がったり沈み込んだり致します。この間の音楽会でも私は聴き込んで下さっている会場の皆様の雰囲気がステージに押し寄せてくるようで、とても嬉しかったというか、一緒に音楽にのめりこみましょうと言う気持ちになりました。だから終わった後ピアノが話しかけてくるようだったと興奮冷めやらぬ面持ちでおっしゃっていただいて、何か天にも昇るような気持ちが致しました。音楽にひたすら打ち込んで、ああかこうかと苦しんでいるときは結構大変なものですが、皆様と一緒に音楽を楽しめたときは本当に幸せと思います。凄い作曲家たちのメッセージは美しく際限なく深くこれからもそのすばらしさに近づこうと渾身の努力をして参るつもりですが、皆様の温かいご支援を今後ともよろしくお願い申し上げます。
室井摩耶子
2010-04-02
桜の頃
また家の前の桜の爛漫のころがやってきました。
何年か前のこと街路樹のさくらの枝が伸びて我が家の屋根に届くようになってしまいました。それはそれは美しい桜ですがでもちょっと短くして貰いましょうと役所に頼みました。
ところが切りにきた公園課の人がなにかブツブツ・・・・
「咲いている時には喜んで楽しんでいる癖に葉が茂るときってくれって言うんだからブツブツ・・・。
ねー桜切るバカ梅切らぬバカっていうの知ってますか?」嫌味たっぷりだったがウチの梅はボーボーに伸びっぱなしだったからまったく恐縮してしまいました。
大きな桜の木陰といえば、この木の下に一時研ぎ屋さんが車をとめて商売をしていたことがありました。当時ちょうど音楽会の前だったのでしょう、私はそんなギイーギイーいう音もなんのその。シューベルトの美しいメロディを繰り返していました。夕方になるとその研ぎ屋さんができた刃物をもって玄関に現れました。「ね、あんまりきれいな音なので俺、ききほれてもうちょっとで指を研いでしまうところだった」御用聞きを済ませたおかみさんもよってきてニコニコしながら「本当にここは音楽会の最上席だよ、でもお前さん気をつけておくれよ・・・」桜を見上げながらでもあの研ぎ屋さん夫婦がこなくなってから何年たっただろうと思う。私は相変わらずあのピンクの傘のもとにあでやかでつやっぽいシューベルトを響かせているのに・・・・。あの最上席の聞き手夫婦さんたちはまた戻ってきてくれないかなとふと感傷的になりました。
室井摩耶子
何年か前のこと街路樹のさくらの枝が伸びて我が家の屋根に届くようになってしまいました。それはそれは美しい桜ですがでもちょっと短くして貰いましょうと役所に頼みました。
ところが切りにきた公園課の人がなにかブツブツ・・・・
「咲いている時には喜んで楽しんでいる癖に葉が茂るときってくれって言うんだからブツブツ・・・。
ねー桜切るバカ梅切らぬバカっていうの知ってますか?」嫌味たっぷりだったがウチの梅はボーボーに伸びっぱなしだったからまったく恐縮してしまいました。
大きな桜の木陰といえば、この木の下に一時研ぎ屋さんが車をとめて商売をしていたことがありました。当時ちょうど音楽会の前だったのでしょう、私はそんなギイーギイーいう音もなんのその。シューベルトの美しいメロディを繰り返していました。夕方になるとその研ぎ屋さんができた刃物をもって玄関に現れました。「ね、あんまりきれいな音なので俺、ききほれてもうちょっとで指を研いでしまうところだった」御用聞きを済ませたおかみさんもよってきてニコニコしながら「本当にここは音楽会の最上席だよ、でもお前さん気をつけておくれよ・・・」桜を見上げながらでもあの研ぎ屋さん夫婦がこなくなってから何年たっただろうと思う。私は相変わらずあのピンクの傘のもとにあでやかでつやっぽいシューベルトを響かせているのに・・・・。あの最上席の聞き手夫婦さんたちはまた戻ってきてくれないかなとふと感傷的になりました。
室井摩耶子
2010-02-24
シューベルトの音楽
もう2月も終わりに近くなってしまいました。
目下シューベルトに夢中です。
どうやったらこんな天然の蜂蜜のような甘い美しくこころの優しいメロディが生み出せるのでしょう。シューベルトの音楽は決して気難しくないのでふと口ずさんでしまいそうになるのですが、彼はその同じメロディーの繰り返しにふと不思議なハーモニーを響かせ「え!なぁ~に?」という暇もあたえず風のように過ぎ去っていきます。すると木の葉が一瞬陽の光を浴びて翻るように音楽の流れにきらめきが起こります。演奏家はその一瞬の奇跡も見逃すわけには参りません。
私は「未完成交響楽」をベルリンフィルでふったカラヤンを思い出します。彼はじっと指揮台に立って腕をあげます。垂れ下がった指先、微動だにしない彼の立ち姿、聴衆は何が起こるかとその姿に惹きこまれます。するとその中指の先、本当に先だけがかすかに揺れ、その微細な揺れに呼応して本当にオーケストラからかすかな音楽が流れ出してきました。「そうだ、この未完成の始まりはこんなにも微妙なのだ」と私はシューベルトのピアニシモを知ったのでした。
また本当にニコニコしたくなる流れに忽然と波が起こり始め、それは鬼気を感じさせるほどの緊張に聴衆を巻き込みます。でもベートーベンのそれとは違います。そしてそれは音楽会場でしか体験できないものなのです。
続きは次の号で書きましょう。。。
室井摩耶子
目下シューベルトに夢中です。
どうやったらこんな天然の蜂蜜のような甘い美しくこころの優しいメロディが生み出せるのでしょう。シューベルトの音楽は決して気難しくないのでふと口ずさんでしまいそうになるのですが、彼はその同じメロディーの繰り返しにふと不思議なハーモニーを響かせ「え!なぁ~に?」という暇もあたえず風のように過ぎ去っていきます。すると木の葉が一瞬陽の光を浴びて翻るように音楽の流れにきらめきが起こります。演奏家はその一瞬の奇跡も見逃すわけには参りません。
私は「未完成交響楽」をベルリンフィルでふったカラヤンを思い出します。彼はじっと指揮台に立って腕をあげます。垂れ下がった指先、微動だにしない彼の立ち姿、聴衆は何が起こるかとその姿に惹きこまれます。するとその中指の先、本当に先だけがかすかに揺れ、その微細な揺れに呼応して本当にオーケストラからかすかな音楽が流れ出してきました。「そうだ、この未完成の始まりはこんなにも微妙なのだ」と私はシューベルトのピアニシモを知ったのでした。
また本当にニコニコしたくなる流れに忽然と波が起こり始め、それは鬼気を感じさせるほどの緊張に聴衆を巻き込みます。でもベートーベンのそれとは違います。そしてそれは音楽会場でしか体験できないものなのです。
続きは次の号で書きましょう。。。
室井摩耶子
2010-01-23
ラジオとTV
続きは次号で。
室井 摩耶子
2009-12-07
師走
今年ももう終わりに近くなってきました。
来年は一月早々NHKラジオ第一(1月25日ヨル8時半より55分まで)小堺一樹さんの司会でお話ししたり弾いたりしています。お聴きいただければ嬉しゅうございます。またご意見でもお聞かせください。
先日TVで95歳のピアニスト(女性!!!)が弾いていました。私もギネスブックにのるのにはまだ死ねませんね(笑)
でも大事なことは、何が弾けるかであって、〝にもかかわらず弾けている〟ということではないので大いにがんばらなければと思ってます。今ご親友はモーツァルトとシューベルト。素敵な友達ですよ。
チャンスの折は聴いてください。
室井摩耶子
来年は一月早々NHKラジオ第一(1月25日ヨル8時半より55分まで)小堺一樹さんの司会でお話ししたり弾いたりしています。お聴きいただければ嬉しゅうございます。またご意見でもお聞かせください。
先日TVで95歳のピアニスト(女性!!!)が弾いていました。私もギネスブックにのるのにはまだ死ねませんね(笑)
でも大事なことは、何が弾けるかであって、〝にもかかわらず弾けている〟ということではないので大いにがんばらなければと思ってます。今ご親友はモーツァルトとシューベルト。素敵な友達ですよ。
チャンスの折は聴いてください。
室井摩耶子
2009-11-24
冬の到来
急に寒くなって冬本番と言うところです。でも私はストーブをガンガンたいたピアノの部屋に閉じこもっているので、いらした方に「外は寒いの?」などときくだけであまり冬を感じていません。
この9月10月11月とタレント業?に忙しく気がついたら11月半ばということでした。でも11月は白内障の手術をして今や目パチクリのところです。
漸く腰を落ち着けてモーツァルトのソナタ(トルコマーチ)と会話をはじめたらとてもとても優しく美しいので、音の中からじわじわとわきあがってくるお話に身も心もゆだねてニコニコしています。音楽って何て不思議なものでしょう。ただ音の組み合わせだけなのにこんなに深い歓びを持ってきてくれるんですもの。
一つずつの音が(響きが)それぞれ物を言うのですもの。
やっぱり何時もの私の台詞「長生きしてよかった」がでてきます。
来年5月8日には音楽会をいたします。また皆様とご一緒に「良い時間をもててよかった」と音楽の醍醐味に浸りたいとおもっています。
室井摩耶子
この9月10月11月とタレント業?に忙しく気がついたら11月半ばということでした。でも11月は白内障の手術をして今や目パチクリのところです。
漸く腰を落ち着けてモーツァルトのソナタ(トルコマーチ)と会話をはじめたらとてもとても優しく美しいので、音の中からじわじわとわきあがってくるお話に身も心もゆだねてニコニコしています。音楽って何て不思議なものでしょう。ただ音の組み合わせだけなのにこんなに深い歓びを持ってきてくれるんですもの。
一つずつの音が(響きが)それぞれ物を言うのですもの。
やっぱり何時もの私の台詞「長生きしてよかった」がでてきます。
来年5月8日には音楽会をいたします。また皆様とご一緒に「良い時間をもててよかった」と音楽の醍醐味に浸りたいとおもっています。
室井摩耶子
2009-11-06
毎回 お久しぶりです
その間 牛久のミニコンサートに行ってきて、本当に久しぶりに実のたわわになった柿の木のある景色を楽しみました。そしてドライブしてくださる(マネージャー)と昔柿ドロボーした話が盛り上がりました。
牛久の皆さんがなかなか音楽に夢中で面白い会でした。
でもこのところ色々重なっていて、それに音楽会の前はその準備に追われていて やることを皆あとに回していたら、次の1週間は〝ピアノなどそっちに行け〟になってしまいました。
気がついたら世の中は冬になりかけ・・・・着るものに困っています。
これからまた普通の生活リズムに戻ってブログにも顔を出しますつもり。
どうぞよろしく・・・・・
室井摩耶子
牛久の皆さんがなかなか音楽に夢中で面白い会でした。
でもこのところ色々重なっていて、それに音楽会の前はその準備に追われていて やることを皆あとに回していたら、次の1週間は〝ピアノなどそっちに行け〟になってしまいました。
気がついたら世の中は冬になりかけ・・・・着るものに困っています。
これからまた普通の生活リズムに戻ってブログにも顔を出しますつもり。
どうぞよろしく・・・・・
室井摩耶子
2009-10-19
テレビを終えて たくさんの書き込みを有難うございます
10月15日フジテレビのお台場のスタジオまで生放送に行ってきました。放送はたいへん評判がよく2800くらいアクセスがありました。
でもご当人は朝4時起き、6時に家を出発で生放送はやっぱり疲れます。カメラリハーサルや本番リハーサルの繰り返しで林家正蔵さんともゆっくりお話もできませんでした。
でもテレビって凄いですね。あの30分の放送のために4日間くらいつぶして取材取材でした。そうやって24時間放送しているのですから驚異です。
ところで、わたしのブログのコメント欄には60件ほど書き込みがあり、疲れてひっくり返りながらも一生懸命読んでいます。まもなく地方にも行きますからまたご報告します。
室井摩耶子
でもご当人は朝4時起き、6時に家を出発で生放送はやっぱり疲れます。カメラリハーサルや本番リハーサルの繰り返しで林家正蔵さんともゆっくりお話もできませんでした。
でもテレビって凄いですね。あの30分の放送のために4日間くらいつぶして取材取材でした。そうやって24時間放送しているのですから驚異です。
ところで、わたしのブログのコメント欄には60件ほど書き込みがあり、疲れてひっくり返りながらも一生懸命読んでいます。まもなく地方にも行きますからまたご報告します。
室井摩耶子
2009-10-12
魔女の呟き
ここ一週間ぐらい、よくフジテレビさんと付き合っています。
(放送は15日 あさ9時50分ごろ~30分間です)
人とお話するのが好きな私ですが、やっぱり音楽のお話をするのが嬉しくてノンストップになってしまいます。先日もNHKラジオで〝ときめき室井さん〟というタイトルで弾いたり喋ったりしたのですが、もう20回になるトークコンサートの実績(?)を買われて〝どうか思うようになさってください〟と言われて、すっかり慌ててしまいました。音楽というものは本当に不思議なもので普通のお話でしたら悲しいとか嬉しいとかは共通の感情の波の経験をもっていますから、すぐ通じるのが当たり前です。ちょっと子守唄のメロディを思い起こしてください。このようなメロディでなぜ子どもは眠るのでしょう?
音楽にそのような深い感情を表現する音、光輝くばかりの喜ばしい感情を表現する音に満ちています。あの凄い音楽家たちはそれをフルに使って、聴いている人たちにあらゆる物語を語りかけるのです。音楽という不思議な媒体!!と、私はその中に秘められた物語と毎日取っ組んでるわけですが・・・だから私はお聴きくださった方たちから「何か物を言いかけられているみたよう・・・」と言われると、本当に嬉しくて仕方がないのです。
魔女の呟きというところでしょうか?
皆様のご意見をお待ちします。
室井 摩耶子
(放送は15日 あさ9時50分ごろ~30分間です)
人とお話するのが好きな私ですが、やっぱり音楽のお話をするのが嬉しくてノンストップになってしまいます。先日もNHKラジオで〝ときめき室井さん〟というタイトルで弾いたり喋ったりしたのですが、もう20回になるトークコンサートの実績(?)を買われて〝どうか思うようになさってください〟と言われて、すっかり慌ててしまいました。音楽というものは本当に不思議なもので普通のお話でしたら悲しいとか嬉しいとかは共通の感情の波の経験をもっていますから、すぐ通じるのが当たり前です。ちょっと子守唄のメロディを思い起こしてください。このようなメロディでなぜ子どもは眠るのでしょう?
音楽にそのような深い感情を表現する音、光輝くばかりの喜ばしい感情を表現する音に満ちています。あの凄い音楽家たちはそれをフルに使って、聴いている人たちにあらゆる物語を語りかけるのです。音楽という不思議な媒体!!と、私はその中に秘められた物語と毎日取っ組んでるわけですが・・・だから私はお聴きくださった方たちから「何か物を言いかけられているみたよう・・・」と言われると、本当に嬉しくて仕方がないのです。
魔女の呟きというところでしょうか?
皆様のご意見をお待ちします。
室井 摩耶子
2009-10-02
目がまわるピアニスト
2009-08-24
〝生きててよかったぁ~〟
暑い暑いと言っているうちにふっと空気がさわやかになり、あぁ秋だなと感じさせる気候となりました。
6月には米寿の音楽会を致し あまり年のことを考えず「それ誰のこと?」なんて言っていた私も、すっかり烙印を押されたこのごろです。でも私と音楽との関係は、相変わらず〝すったもんだ〟と 揉みあいを続けつつ、新しい発見々と喜んでいる境地です。やればやるほど、音楽って何て不思議なものだろうと思わせられる場が多くなります。 音楽会ごとに、皆様から寄せられる「あんな魅力的なバッハは聴いたことがない。まるでバッハ自身が出てきて、話しかけてくれたみたようでした。」とか「あのベートーヴェンの最後のソナタは凄かったぁ」などとお便りをいただき、やっぱり〝生きててよかったぁ~〟と嬉しくなってしまいます。本当に人間が年をとるって何なのでしょう? 毎日毎日をトンカチトンカチと、もっと深い音や響きは出ないかしら。作曲家はここで、まるで森の彼方にサヨナラ…サヨナラと姿を消すのに、そのお別れの静寂さってもっと深いんじゃない?などと、言いながらピアノに指を滑らしているだけなのです。毎日 手や指によくやってくれてありがとうと言ってるだけなのです。でも考えてみたら、私を囲むたくさんの方たち、たくさんの現象が私にいろいろなことを与えてくださってるのですよね~。
9月1日にはお弟子さんたちが私の米寿のお祝いの音楽会をして下さいます。私は彼らが、その後の境遇、経験、そして音楽の積み重なったプロセスを、どんな風に私に話しかけてくれるか、それを聞くのが大変楽しみであり、喜びでもあるのです。
そう、もう一度〝生きててよかったぁ~〟と叫びましょう。
室井摩耶子
6月には米寿の音楽会を致し あまり年のことを考えず「それ誰のこと?」なんて言っていた私も、すっかり烙印を押されたこのごろです。でも私と音楽との関係は、相変わらず〝すったもんだ〟と 揉みあいを続けつつ、新しい発見々と喜んでいる境地です。やればやるほど、音楽って何て不思議なものだろうと思わせられる場が多くなります。 音楽会ごとに、皆様から寄せられる「あんな魅力的なバッハは聴いたことがない。まるでバッハ自身が出てきて、話しかけてくれたみたようでした。」とか「あのベートーヴェンの最後のソナタは凄かったぁ」などとお便りをいただき、やっぱり〝生きててよかったぁ~〟と嬉しくなってしまいます。本当に人間が年をとるって何なのでしょう? 毎日毎日をトンカチトンカチと、もっと深い音や響きは出ないかしら。作曲家はここで、まるで森の彼方にサヨナラ…サヨナラと姿を消すのに、そのお別れの静寂さってもっと深いんじゃない?などと、言いながらピアノに指を滑らしているだけなのです。毎日 手や指によくやってくれてありがとうと言ってるだけなのです。でも考えてみたら、私を囲むたくさんの方たち、たくさんの現象が私にいろいろなことを与えてくださってるのですよね~。
9月1日にはお弟子さんたちが私の米寿のお祝いの音楽会をして下さいます。私は彼らが、その後の境遇、経験、そして音楽の積み重なったプロセスを、どんな風に私に話しかけてくれるか、それを聞くのが大変楽しみであり、喜びでもあるのです。
そう、もう一度〝生きててよかったぁ~〟と叫びましょう。
室井摩耶子
2009-07-20
新しい発見
あっという間に6月28日の演奏会から1ヶ月が経とうとしています。当日はNHKが入るというので朝9時半にお迎えが来て午前中に1回本番、午後もう一度本番ということになってしまい、もうクタクタに疲れました。NHKでは当日夜 ニュースで取り上げられ そのままBSで何回か放送され、ニューヨークにいた知人から「見ました」という連絡が来てビックリ。白寿となった私にとっては考えられない〝地球の狭さ〟の経験でした。
お蔭様で演奏会は大成功でしたが、練習過程においては私自身「えっ?」と思われる新発見がいっぱいあり、嬉しい演奏会でした。
演奏会ごとに楽譜を前にその作曲家の意志やオーラを求めてそれを掘り下げていくわけですが、その音楽家のもっている言葉というものの在りようは本当に面白いものです。そうして昨年来すっかりバッハ語に取り憑かれてしまった私ですが今年はそのうえにベートーヴェンの至難の曲OP・111のソナタを加えたので、なかなか大変でした。楽譜の読み方も勿論ですが、私はこのふたりの曲を演奏するときは全く別の音色が要求されるということを知ったのです。「そんなこと当たり前でしょ」といわれそうですが、基本的に彼らの曲がステージでつくりだすオーラの種類がぜんぜん違うのです。それはある時、聴かせてほしいという方の前で初めて演奏会のように続けて弾いたときに起こりました。いつだって楽譜をみて指で弾いて耳で聴いているわけなのに!!!でもこの時はこの3つの運動の結果を、今度は私の指が演奏するものを音楽として、ある塊りとして私の体が受け取ったのかもしれません。ある違うオーラの輝きが私を包み込んだのかもしれません。勿論いつでもその作曲家の音楽哲学を表現するための音色は探りにさぐって追い求めます。でもこのように違うピアノの音と感じたのは初めてでした。「何を今さら」と言いたいところですが、でもそこでひらけた新しい風景は驚愕でもあり新鮮な歓びでもありました。一回ごとに新しいことを発見する歓びは私を音楽から離しません。そしてそれを聴いている方たちに「ね、そうでしょ!!!」と語りかけられる喜びでも・・・!
ようやく人心地がついた今頃になって私は音楽って何てすばらしいものだろうと思っています。
お蔭様で演奏会は大成功でしたが、練習過程においては私自身「えっ?」と思われる新発見がいっぱいあり、嬉しい演奏会でした。
演奏会ごとに楽譜を前にその作曲家の意志やオーラを求めてそれを掘り下げていくわけですが、その音楽家のもっている言葉というものの在りようは本当に面白いものです。そうして昨年来すっかりバッハ語に取り憑かれてしまった私ですが今年はそのうえにベートーヴェンの至難の曲OP・111のソナタを加えたので、なかなか大変でした。楽譜の読み方も勿論ですが、私はこのふたりの曲を演奏するときは全く別の音色が要求されるということを知ったのです。「そんなこと当たり前でしょ」といわれそうですが、基本的に彼らの曲がステージでつくりだすオーラの種類がぜんぜん違うのです。それはある時、聴かせてほしいという方の前で初めて演奏会のように続けて弾いたときに起こりました。いつだって楽譜をみて指で弾いて耳で聴いているわけなのに!!!でもこの時はこの3つの運動の結果を、今度は私の指が演奏するものを音楽として、ある塊りとして私の体が受け取ったのかもしれません。ある違うオーラの輝きが私を包み込んだのかもしれません。勿論いつでもその作曲家の音楽哲学を表現するための音色は探りにさぐって追い求めます。でもこのように違うピアノの音と感じたのは初めてでした。「何を今さら」と言いたいところですが、でもそこでひらけた新しい風景は驚愕でもあり新鮮な歓びでもありました。一回ごとに新しいことを発見する歓びは私を音楽から離しません。そしてそれを聴いている方たちに「ね、そうでしょ!!!」と語りかけられる喜びでも・・・!
ようやく人心地がついた今頃になって私は音楽って何てすばらしいものだろうと思っています。
室井 摩耶子

撮影:中村 太
2009-07-01
2009-06-09
2009-05-25
5月の庭
お花がエネルギッシュに咲き誇った4月も過ぎてお庭も大分落ち着いてきました。気難しかった恋人ベートーベンとも漸くベートーベン語で話が出来るようになりホッといたしております。私のパソコン技術も少し上達していろいろな検索も出来るようになり様々な音楽がインターネットに現れてくるようになり面白い経験を一杯してます。
例えばバッハのブランデンブルグ・コンツェルトの5番などアバドのそれとグレングールドのそれではうける印象が、これでも同じ音楽かとおもうほど違います。アバドのは聴いていると胸がワクワクしてきてこちらも踊りだしたくなるようなのに、グールドのはひたすら音楽に沈みこんでいます。
時々自宅でお弟子さんやファンの方たちと聴き比べてどちらがいいかと評定しますが、こればかりは結末のつけようがありません。楽譜はおなじなのに音楽ってなんて不思議なものでしょう。私は一音ずつに心がありこちらの心に話しかけてくるのが音楽の絶対条件と思っているのですが、数多くの演奏を聴くと彼らのもっている演奏哲学が聞こえてきて興味津々です。
では私が6月28日にはどんな音楽の姿をもって皆様とお話したいとおもっているか?ぜひ音楽会場にきてください。実は私自身もどんな音楽の姿になるか?と思っているところなのですが・・・・・・
室井摩耶子
2009-05-19
米寿
1ヶ月前になりますが今年は米寿というので4月18日(わたしの誕生日)は家のなか中、花であふれかえりました。有難うございました。
でも日常はお祝いどころか6月28日の演奏会をめがけてベートーヴェンと悪戦苦闘してます。
彼の最後のピアノソナタOp.111は彼の53才の頃の作品ですが、今で言えばちょうど米寿くらいでしょう。でも気難しいジイサマの頭の中は複雑で、何故こんなことを書いたのだろうと我が恋人ながらわからぬことでいっぱいです。「ねえ ここどうして3ページにわたってPとPPばかりなの? そしてソプラノのこのチョロチョロはしりまわるのは なーぜ?」「そんなこと 知るか!」と彼は日本の男性みたように威張りかえって素っ気無い。でも音楽会までにはウンといわせるぞ! この頃の女性は強いんだから! などとあらゆる兵器を動員して… つまり頭と耳と指にハッパをかけています。
6月28日の白寿ホールの音楽会には是非みなさん応援にきてくださいね。
室井摩耶子
でも日常はお祝いどころか6月28日の演奏会をめがけてベートーヴェンと悪戦苦闘してます。
彼の最後のピアノソナタOp.111は彼の53才の頃の作品ですが、今で言えばちょうど米寿くらいでしょう。でも気難しいジイサマの頭の中は複雑で、何故こんなことを書いたのだろうと我が恋人ながらわからぬことでいっぱいです。「ねえ ここどうして3ページにわたってPとPPばかりなの? そしてソプラノのこのチョロチョロはしりまわるのは なーぜ?」「そんなこと 知るか!」と彼は日本の男性みたように威張りかえって素っ気無い。でも音楽会までにはウンといわせるぞ! この頃の女性は強いんだから! などとあらゆる兵器を動員して… つまり頭と耳と指にハッパをかけています。
6月28日の白寿ホールの音楽会には是非みなさん応援にきてくださいね。
室井摩耶子
2009-04-01
2009-01-24
新しい地図

いよいよ寒の季節に入って参り厳しく寒い日が押し寄せてきます。
今年は米寿の齢といわれて「あれ!そーお?」などといっておりますが
目下6月28日の音楽会にむけてBachやBeethovenの扉を一生懸命叩いております。
Bachは昨年夢中になりその魅力から抜け出せずにおりますが面白い事に楽譜の読み方(音楽へのアタックの仕方)がまた違ってきてポリフォニーという言葉を改めて読み直しております。
すこし専門的になりますがBachの縦に響くハーモニー(和音) そしてその和音から和音への移りは「え?うそっ!!」という程ふしぎな物語をしてくれます。ところがよくよく見てよくよく聴くと、今度は横の線が長々とメロディーとリズムを持って語っているのです。特にフーガなど、ある声部のテーマが終わると(台詞が終わる)他の声部に、それに対する台詞が始まる― のですが実は前の声部のフレーズはまだ続いてその歌を歌い上げているのです。よくテーマはきこえるように大きな音でなどと申しますが、面白い事にそのテーマの歌の音楽に心を集中すると、技術的にそこだけ大きな音を出さなくてもそのテーマはよく響いてくるのです。私は弾きながらしばしば人間というものの不思議さを思います。
前にチャイコフスキーのコンツェルトを弾いたときのことでした。あの三楽章のいよいよ終わりのところに、もう一度テーマが出てきます。オーケストラはTutti(全楽器で弾く)で それこそいっぱいの音を出している中で、ピアノがどんなに頑張っても聴こえるわけはないのです。ところがここでこのテーマの云いたい台詞まわしに集中して弾くと、この大音響の中でピアノの歌が浮かび上がってくるのです。物理的に不可能な中でどうしてそのようなことが起こるのでしょう。私は歌の持つ心(音楽の心)の不思議さを感じたものでした。
私は精神主義的な表現はあまり好きではないのですが、人間の能力(音楽の持つ力)には本当に不思議な力があるとしみじみ思います。もちろん、そこに至るためには本当にいろいろな努力は必要ですが…
まだ6月までには時間があるので新しい発見も出てくるでしょう。
頑張ります。楽しみにしていてください。
室井摩耶子
2008-12-26
Bachの話(前回の続き)
さてピアノのまえに座って楽譜を開いて音を出します。テーマの上昇していくメロディーが頂上にいって、そして半音で降りてきます。その線のなんて優しく綺麗なこと!! Bach語は曲の流れにたおやかな曲線を描きます。わたしは「セバスチャン(Bachの名前です)なんて巧い音使いでしょう!ワカル!ワカル!」とBachおじさんに話しかけます。Bachはあの2ページないし4ページの曲にありとあらゆる感情を盛り込みます。ではどうやって? そう 彼は本当に〝音〟を知り抜いているとしか言いようがありません。ひよっとした導音から半音上の主音への動きに人間の心の安定への強力な吸引力を発揮しますし、思いもかけぬ転調句に複雑な感情のゆらめきを紡ぎだします。2小節ずつ繰り返されるフレーズは執拗な念押しだったり、それらをウッカリただの音の羅列にしてしまうと音楽の物語は忽ち崩れてしまいます。だから練習にも演奏にも凄い集中力がいるというわけです。でも「そんな難しい理論なんて聞き分けられないわ」とおっしゃらないでください。聴くときはその音楽の話に耳を傾け、その流れに身をまかせて下さればよいのです。もしそこに不快感や退屈があったらそれは音楽の構成に何らかの間違いがあったということでしょう。音楽というものは元来自然のながれをもった美しいものですから。
では良いお年をお迎えください。
では良いお年をお迎えください。
2008-12-02
お久しぶり…
今年は始めから何かと調子悪く、転んだり骨にひびを入れたり具合の悪い日が続きましたが、このあたりでそんなことどもを追い払って来年は元気な年になりたいと思っております。でも音楽的には“バッハの魂”が私の中で光をまし、心の扉を開いてくれたのが なによりの喜びでありました。
“バッハ”の語法は彼がなんと音楽の秘密を知り抜いているかを知らせます。一つずつの音にその根源的な、いわば原石の輝きを駆使して人間の魂の物語を紡ぎあげてまいります。云うなれば ごく単純な形式も彼の手に掛かると深い精神の安定を齎します。 ぼんやり弾いてしまえば それは平凡な単純な言葉遣いですが、彼の曲を演奏するときは鋭い洞察力とか、それを人に伝えるための洗練されたテクニック、それをキャッチする耳と…と大変な集中力を要することを痛いほど知らされました。
それはどう言うことか、この次のブログで(少し専門的になりますが)書いてみたいと思います。ですが何しろ“音楽”ですので、いつも音がないとはっきりいたしません。
できれば2008年8月31日の音楽会のライブCDが出来ていますのでお買い求め願えると嬉しいです。トークも入っています。
お近くにない時はゼール音楽事務所 Tel 03-3995-5221 にご連絡ください。
「壮大な音の殿堂“バッハの真髄”室井摩耶子」ZMM0811
振込み手数料と送料は当方で負担いたします。
来年の音楽会は6月末、白寿ホールで米寿の音楽会です。
室井 摩耶子
2008-05-21
2008-05-06
ご無沙汰しました
4月初めに机に胸をぶっつけて肋骨にひびが入ってから1ヶ月経ちました。これは自然治癒を待つより仕方なくヤレヤレという時を過ごしました。
でも割りに自然治癒力の強い私は約3週間で再びピアノの世界に戻れました。その間に庭は春爛漫でシンビジュウムが40本近くの花を咲き盛っており 君子蘭も4本の花芽を力強く伸ばし自己主張を誇っています。モッコウバラは黄色い花壁をつくり陽に当たると眩しいばかりです。
その中でピアノの弾けない私は一寸ばかり腐っていましたがもう平気です。
このところ家のテレビもデジタル放送に対応してデカクなりました。DVDに録画できるので喜んでおりますが 何しろキカイオンチの私ですので 再び録画のお目にかかるのに30分ぐらいかかってしまいます。そのうち慣れてきたらDVDの感想などお送りしましょう。
室井摩耶子
2008-03-16
バッハの音楽会
漸く春になりました。
4月13日、浜離宮朝日ホ-ルでの音楽会も迫ってまいりました。
バッハの音楽も漸くそろそろ扉を開いて、戦いも本格的になったと言えましょうか。
先日 NHKのBSハイビジョンで、アバードの指揮したバッハのブランデンブルグ協奏曲の6曲全曲を聴きました。バッハは夢中の私でも最初は全6曲なんてしんどいなと思ったのでしたが、それはすばらしいものでした。私は「音楽を聴きたいって なんでしょう?」というトークコンサートのシリーズをやっているのですが、この放送では音楽がこんなにも楽しくて嬉しいものだとは思っていなかったと頭を殴られたような気がしました。 構成をというと一楽器一人、もしくは二人といった少人数で、それにソロの弦楽器や管楽器、それにチェンバロが加わっています。その一人一人が音楽をやっていることが嬉しくてたまらない という風情なのであります。身を引くかと思うと乗りだし 音楽と体が一緒に波打ち、そして激しいところになると音楽が荒れ狂う怒涛のごとく、楽器の間を逆巻いて流れていきます。その流れは舞台に溢れ、聴衆に襲いかかります。 そして音楽家は本当に嬉しそうで、私はこれこそ音楽だと思わずにはいられませんでした。興奮して大拍手する聴衆を そうだ そうだ と一緒に感激しておりました。
4月13日は私もこんな嬉しいバッハを弾きたいです。そして皆さんも聴きに来て応援してくださいね。
室井 摩耶子
※4月13日のトークコンサートは骨折のため 延期になりました。
最新の情報は http://naks.biz/muroi/ でご確認ください。
4月13日、浜離宮朝日ホ-ルでの音楽会も迫ってまいりました。
バッハの音楽も漸くそろそろ扉を開いて、戦いも本格的になったと言えましょうか。
先日 NHKのBSハイビジョンで、アバードの指揮したバッハのブランデンブルグ協奏曲の6曲全曲を聴きました。バッハは夢中の私でも最初は全6曲なんてしんどいなと思ったのでしたが、それはすばらしいものでした。私は「音楽を聴きたいって なんでしょう?」というトークコンサートのシリーズをやっているのですが、この放送では音楽がこんなにも楽しくて嬉しいものだとは思っていなかったと頭を殴られたような気がしました。 構成をというと一楽器一人、もしくは二人といった少人数で、それにソロの弦楽器や管楽器、それにチェンバロが加わっています。その一人一人が音楽をやっていることが嬉しくてたまらない という風情なのであります。身を引くかと思うと乗りだし 音楽と体が一緒に波打ち、そして激しいところになると音楽が荒れ狂う怒涛のごとく、楽器の間を逆巻いて流れていきます。その流れは舞台に溢れ、聴衆に襲いかかります。 そして音楽家は本当に嬉しそうで、私はこれこそ音楽だと思わずにはいられませんでした。興奮して大拍手する聴衆を そうだ そうだ と一緒に感激しておりました。
4月13日は私もこんな嬉しいバッハを弾きたいです。そして皆さんも聴きに来て応援してくださいね。
室井 摩耶子
※4月13日のトークコンサートは骨折のため 延期になりました。
最新の情報は http://naks.biz/muroi/ でご確認ください。
2008-02-11
バッハの世界
相変わらずバッハの世界に浸っております。
ジャズにまでアレンジされるバッハの音楽はそこまで抱えこめる奥深さ、幅広さを持っているもので、やればやるほど視野が広がり毎日ため息をついています。音というものの持つ原理的な要素を、バッハはそのまま差出し、まるで天空に輝く星のようにそれをぶちまけてくれます。聴く人はそれを愛の哀しみや歓び、深海にひそむ脅威や深い森の暗闇の覆いかぶさる様な神秘さや、とにかくありとあらゆるものに振りかえて心に受け止めるのです。演奏するほうは美に対する鋭い感受性、ファンタジー...とあらゆる能力を結集して音楽をダイヤモンドのように削り上げ、磨き上げなければならない。いうなれば音楽に対してそれだけの責任を負わされているということでしょう。聴きに来てくださった方たちが ああ幸せな時をもったと歓びを感じていただける音楽まで、バッハと会話をしながら毎日を続けます。それはそれなりに本当に嬉しいことですが......
室井摩耶子
ジャズにまでアレンジされるバッハの音楽はそこまで抱えこめる奥深さ、幅広さを持っているもので、やればやるほど視野が広がり毎日ため息をついています。音というものの持つ原理的な要素を、バッハはそのまま差出し、まるで天空に輝く星のようにそれをぶちまけてくれます。聴く人はそれを愛の哀しみや歓び、深海にひそむ脅威や深い森の暗闇の覆いかぶさる様な神秘さや、とにかくありとあらゆるものに振りかえて心に受け止めるのです。演奏するほうは美に対する鋭い感受性、ファンタジー...とあらゆる能力を結集して音楽をダイヤモンドのように削り上げ、磨き上げなければならない。いうなれば音楽に対してそれだけの責任を負わされているということでしょう。聴きに来てくださった方たちが ああ幸せな時をもったと歓びを感じていただける音楽まで、バッハと会話をしながら毎日を続けます。それはそれなりに本当に嬉しいことですが......
室井摩耶子
2008-01-16
今年もよろしくお願いします
さてこれから私はもっぱらバッハ語の世界との付き合いですが勉強すればするほど緻密で複雑で巨大な美しい建築物みたようです。そのなかを圧倒されながらさまよい歩いているようなものです。音を使ってこんなに思う存分あらゆる情感を描き出せるなんて あんなにいかめしい肖像画しかないバッハ爺さんは実は幸福で幸福でニヤニヤしながらこれらの曲を書いていたのではないかと一寸妬ましくなりました。でも音楽会では皆さんとご一緒にそこここを闊歩しながらバッハの世界を堪能したいですね。
室井摩耶子
2007-12-26
バッハ語
2007-11-15
バッハ
2007-10-17
深夜便 PART2
昔のおてんば物語(いまでもその気配は残っておりますが)自分でもよくやってくれるよ…と思います。でも名誉のために申し添えますが、風邪などひいて寝ているときなど、とても大人しく何の物音もしないので、母が死んでいるのではないかと部屋を覗くと、こちらを向いてニコッとしてくれて…等と話してくれたものです。
深夜便ではアナウンサーの方がとてもよくリードして下さって楽しくお喋りできました。その中で〝音楽は会話〟とお話ししましたが、よく意味が通じなかったようです。後半になって、漸く主題がソプラノに出てきたり、その答えがバスに出てきたりの会話です。
音楽は〝せりふ〟のやりとりでいつも次から次へと会話が流れているという…
と言いたかった私の意思がはっきりしたようです。
お喋りのくせに舌足らず。おゆるしください。
ではまた。今度は今大仲良しになったバッハの話をしましょう。
室井摩耶子
2007-10-08
秋 第1号たより。
さて、9月29日のラジオ深夜便の写真が届きました。夜11時10分から12時25分までおしゃべりしていたのですが、どうやら私のお茶目さん時代の武勇伝がひどくみなさんにショックを与えたようです。というのは、小学校2年生の頃、乗ってきた電車の先取りをして踏切に踏み込んだ途端、ちょうど来た下り電車と登り電車の間で立ち往生したというわけです。
スタジオのなかにいるのは生き延びた貴婦人ですが、どうも今でもピチピチのいたずらっ子のくせが残っているようで何かで大笑いをしているようです。
深夜便のお話は また今度。。。
室井摩耶子
2007-09-22
2007-09-18
2007-08-28
モーツァルトの真髄
軽井沢では軽井沢八月祭りに〝モーツァルトの真髄〟というタイトルの元にモーツァルトを弾いてまいりました。軽井沢はさすがに空気が乾いていて、そよ風が涼しいし そこで伸びている木々が明るく緑に輝いていました。場所は大賀ホールというソニーの大賀さんが創った五角形のホールで座席の真ん中から天井を見上げると天窓を通って日光が大の字を描いていました。意図したのかそうでないのかは私は知りませんが、大賀さんのちょっとしたイタズラっ気を感じて、ニヤっとしてしまいました。
お客さんは入口に溢れていて、夏の避暑地というのはこんなものかと感心して眺めていました。でも音楽会が終わって外に出るとたくさんの方々が「よかったですよ」「モーツァルトっていいですね」とおっしゃって
写真は大賀ホールの前とホテルのお庭の散歩と楽屋風景。
2007-07-20
あたらしいCDのこと
今年2月10日の音楽会のライブCDができました。題は「魂のMozart」です。前のに引き続いてMozartの特集になりますが、音楽というものは面白いもので、その時々で色々な姿を現してくれます。
私も長い間生きてきて,この頃楽譜の中に作曲家の深い音楽の思想を見るとき、私は本当に長く生きていてよかった、そして健康に恵まれそれを音として表現することができるのは何と幸せなことだろうとつくづく思う毎日なのです。
さて、このアダージオK.540は、ここ1年ほどぞっこん惚れ込んで磨きに磨いて弾きこんだ曲です。最初の単音の3つの音によるテーマにはMozartの慟哭の思いが詰め込まれています。このテーマは曲の至る所に出てきますが、それは 時には隠された焦燥、時には暗闇の中でのつぶやき、涙さえ拒絶する哀惜の情と、その場その場で色合いが変わります。
私はこの人間の醍醐味にあふれた〝響き〟を持つ音楽に本当にたくさんの勉強をさせていただいたと思います。その場その場でそれぞれの極めつきの〝響き〟が要求されるのですから…。だから「ピアノの演奏を聴いているというより何か話しかけられているよう…」とか「長い人生に蓄積したものがピアノの音から立ち昇ってきますね」あるいは「Mozartと室井摩耶子との会話」「3日間もa-mollのソナタを繰り返して聴きました…」などと言ってこられるのを聞きますと私は本当に嬉しいのです。では「どんな曲?」と聞かれると私は「まぁ聴いてみてください」というよりほかありません。
きょうはCDに興奮して再びアダージオに振り回されました。
また今度…。
私も長い間生きてきて,この頃楽譜の中に作曲家の深い音楽の思想を見るとき、私は本当に長く生きていてよかった、そして健康に恵まれそれを音として表現することができるのは何と幸せなことだろうとつくづく思う毎日なのです。
さて、このアダージオK.540は、ここ1年ほどぞっこん惚れ込んで磨きに磨いて弾きこんだ曲です。最初の単音の3つの音によるテーマにはMozartの慟哭の思いが詰め込まれています。このテーマは曲の至る所に出てきますが、それは 時には隠された焦燥、時には暗闇の中でのつぶやき、涙さえ拒絶する哀惜の情と、その場その場で色合いが変わります。
私はこの人間の醍醐味にあふれた〝響き〟を持つ音楽に本当にたくさんの勉強をさせていただいたと思います。その場その場でそれぞれの極めつきの〝響き〟が要求されるのですから…。だから「ピアノの演奏を聴いているというより何か話しかけられているよう…」とか「長い人生に蓄積したものがピアノの音から立ち昇ってきますね」あるいは「Mozartと室井摩耶子との会話」「3日間もa-mollのソナタを繰り返して聴きました…」などと言ってこられるのを聞きますと私は本当に嬉しいのです。では「どんな曲?」と聞かれると私は「まぁ聴いてみてください」というよりほかありません。
きょうはCDに興奮して再びアダージオに振り回されました。
また今度…。
2007-06-26
演奏旅行日記
九州からの帰りは、3週間前の転倒事故で まだびっこをひいていたのでシルバーシート扱い。羽田空港の端から端まで車椅子に乗せていただきました。でも行きがけに2人乗りのモーター付き車椅子を見ていたので あれが迎えに来てくれるのかと楽しみにしていましたのに、来たのは人力車椅子。野次馬マヤコさんも押してくださるスチュワーデスさんにひたすら恐縮恐縮でした。
でも演奏会は大成功でした。ピアノの音がどんなに違う「ひびき」を出せるかに主題をおいてお話したのですが、お客様は各曲(ベートーヴェン、モーツァルト、ブラームス)がそれぞれの本当に違った音で演奏されたことに感銘を受けられたようです。まぁそう簡単に言いますが、作曲者がその音に込めたもろもろの感情、そして哲学などを読み取って、それを表現するのはピアニストにとってはそう簡単ではありません。けれど音楽会のステージで、実際の音としてこう弾けばこのような音がする。このような音がほしいときはこのように、と目の前で実演するとそれは本当に良くわかることのようです。そして、すぐ後にその響きで物語(演奏)が始まるのですから...。
ベートーヴェンのソナタ“月光”の一楽章など、楽章中に続くあの三連音符がなんという静けさを作り上げていることでしょう。そしてピアニストはその静けさが作り出される“響き”を自分の指先で生み出すのに、本当にデリケートな神経と集中力を注がなければならないのです。それだけに出たその響きに、聴いてくださる方たちが感動してくださったとき、(それはステージにビンビン反応してきます)私は本当に嬉しくてたまらないのです。音楽ってなんて素晴らしいのでしょう!人間万歳!って叫びたくなります。続きはまたこんど…。
2007-04-24
お久しぶり
折角はじめたブログも音楽会に阻まれてトギレトギレになってしまいました。 4月18日はお誕生日で85歳が86歳になり あ、年をとったなあ ナンテ しょけこんだり、 あ、もうこれで年のことは一切“忘却の彼方”へしようと考えたり・・・・・というところです。
面白いもので、音楽会が終わって数日後、今ひいたばかりの曲が懐かしくなり、弾いてみると、またまた新しい発見がニョキニョキ出現します。ああ、こんなことだったのか、ここはこうあるべきだ、などとピアノをなでたり、さすったり・・・・・
新しい音に胸がワクワク。そして反面、なぜこんな事に気付かなかったのかしらとチョッピリ悔しかったりです。
だから簡単に三途の川を渡れないんです。
だから簡単に三途の川を渡れないんです。
今、家の庭にはシンビジウムが花盛り。なにしろ一株に十三も花枝がついてケンラン。それが5株もあるんですから。。。しかも一年中 外に出しっぱなし。植え替えも何もしてやらないのに、私と似てたくましく生命を誇るのですから、、、お友達が皮肉 交じりに「訓練されちゃったのね」とおっしゃるのも「そうそう」と肯定する以外はありません。花屋さんで作り上げられた“淑女”とは違ってピカピカ自然の美を謳い上げて、私も毎日 眺めてはニコニコしています。だから簡単には三途の川を渡れないんです。
私の長寿の秘訣でしょうか。
私の長寿の秘訣でしょうか。
今日はここまで。
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